訳し忘れ


以前マンキューのブログエントリー(=「リフレ政策(or 物価水準目標政策)のすすめ」)を訳したことがあったんだけど、訳し忘れた箇所(update以降)があることに気がついたんで訳しておこうと思う。なぜ今頃? という疑問が湧いてくるだろうけれど(自分でもそう思う)、特に理由はない。クルーグマンの論文(=「流動性の罠」論文、別名1998年論文)ちゃんと読んでるよ、ということがわかるくらいでいちいち訳す必要なんてないかもしれないけれど、とにかく訳しておく。特に理由はない。

●Greg Mankiw, “The Next Round of Ammunition”(Greg Mankiw's Blog, December 16, 2008)

Update: A reader points out to me that Paul Krugman seems miffed that I failed to cite his contribution to the large literature on expectations management by the central bank. Sorry, Paul. I actually do like Paul's paper on the topic quite a lot, and I cite it in my intermediate macro text when I discuss the liquidity trap (see footnote 5 on page 325 of the 6th edition).
(このブログのとある読者からクルーグマンがムッとしてるみたいだよとの指摘をいただく。僕がこの文章の中で彼の貢献―中央銀行によるインフレ期待の管理に関する膨大な文献への―を引用し忘れてることにムッとしてるみたいだと。ポール、ごめんよ。僕は君のあの論文のことが大好きで、僕が書いたマクロ経済学のテキストの中でも流動性の罠を論じている箇所で引用させてもらってるくらいなんだ(第6版の325ページ注5を見てね))。

It is funny. For academics, it is an occupational hazard to feel that your work is insufficiently cited. I had always assumed that the feeling would go away after winning a Nobel prize. I guess I was wrong.
(それにしてもおもしろいね。学者にとって自分の仕事が他の学者からあまり引用されないというのは職にかかわる重要な問題だから、自分の仕事がちゃんと引用されてるかどうかを気にするというのはよくわかる*1。でも僕は常々ノーベル賞を受賞したらそんなこと*2は気にしなくなるんだろうと思ってたけど、この点に関してはどうも間違ってたみたいだ。)


(追記)マンキューのマクロ経済学テキスト(N. Gregory Mankiw , Macroeconomics)の第6版は手元にないけれど、第5版なら持っている。そこで第5版を確認してみると303ページの注6に以下のような記述が見られる。

To read more about the liquidity trap, see Paul R. Krugman,“It’s Baaack: Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap,” Brookings Panel on Economic Activity (1998): 137–205.
流動性の罠についてさらに読み進めるにあたっては以下のクルーグマンの論文を見よ。Paul R. Krugman,“It’s Baaack: Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap,”Brookings Panel on Economic Activity (1998): 137–205.)

流動性の罠の話題が独立したコラム(FYI)のかたちで取り上げられたのは確か第5版からだと記憶しているので邦訳版(最新の邦訳は第2版の訳でしたっけ?)ではクルーグマンの1998年論文には触れられていないと思われる(原書第4版も持ってるけど第4版ではクルーグマンの1998年論文は引用されていない)。

*1:この箇所は勝手に多少文章を加えて訳してます

*2:自分の論文がしかるべく引用されてるかどうか