公共選択論を学ぶ上で何を読んだらいいか;推薦文献リスト
●Tyler Cowen, “Public choice: what to read”(Marginal Revolution, January 20, 2011)
Jonathan G がこんな質問を投げかけている。
公共選択論の概念のうちでリベラルな人々があまり馴染みのない概念としてはどんなものがあるだろうか? よかったら(そういった概念を学ぶ上で)何かお勧めの本なり論文なりを紹介してもらえないだろうか?
「リベラルな思想の持ち主」("liberals" )という語で彼が具体的に何を意味しているのかちょっとわかりかねるので、「公共選択論を学ぶ上でお勧めの本や論文はあるだろうか?」というもっと直截的な質問に対して私なりに答えてみることにしよう。私が推薦するリストは以下である。
1.公共選択論が扱うトピック全体を展望したものとしては、デニス・ミュラー(Dennis Mueller)著『Public Choice III』(邦訳『公共選択論』*1)がベストである。ただし、本書は世間一般向けの本というよりはアカデミックな研究書である。投票理論―個人的にはこのトピックはあまりにも注目を集めすぎている研究分野だと感じているところではあるが―に関しては、ピーター・オーデシュック(Peter Ordeshook)著『Game Theory and Political Theory』を勧めておこう。
2.現実世界の分析に「「集中する利益」(concentrated benefits)と「分散するコスト」(diffuse costs)」のロジック*2を応用したものとしては、マンカー・オルソン(Mancur Olson)著『The Rise and Decline of Nations』(邦訳『国家興亡論』)がベストである。
3.民主主義システムに関する分析としては、ブライアン・カプラン(Bryan Caplan)著『The Myth of the Rational Voter』(邦訳『選挙の経済学』)がお勧め。アンソニー・ダウンズ(Anthony Downs)著『An Economic Theory of Democracy』(邦訳『民主主義の経済理論』)は依然として一読する価値があるだろう―もうちょっとお手頃な価格の新版の出版が待たれるところだが―。また、ダニエル・クライン(Daniel Klein)の論文“The People's Romance(pdf)”にも目を通したいところだ。
4.公共選択論の中でも政府介入の肯定的な側面に光を当てた分析(“pro-government public choice”)としては、A.グレーザー(Amihai Glazer)とL.S.ローゼンバーグ(Lawrence Rothenberg)の共著『Why Government Succeeds and Why it Fails』(邦訳『成功する政府 失敗する政府』)がお勧め。私がグレーザー(彼は過小評価されている研究者の一人である)らと共同で執筆した論文“Rent-Seeking Can Promote the Provision of Public Goods(pdf)”も読んでもらえたら幸いだ。
5.公共選択論の研究者の中で最も重要な人物はブキャナン(James M. Buchanan)とタロック(Gordon Tullock)である。しかしながら、彼らの研究はおいそれと簡単に理解できるものではない。彼らのお勧めの本や論文はないかだって? その件についてはLiberty Fundに聞いてほしい(これとこれ)。
6.ロビン・ハンソン(Robin Hanson)による“politics isn't about policy”(「政治は政策を巡る場ではない」)に関連した一連のブログエントリーにも目を通しておきたいところ。
7.行動経済学の知見を応用して政治家や投票者、特殊利益集団といった政治アクターの行動を分析する試みは今のところあまり注目を集めていないトピックの一つである。
8.アメリカの政治システムを理解するうえでは、デイビッド・ストックマン(David Stockman)著『The Triumph of Politics』(邦訳『レーガノミックスの崩壊』)が個人的にはお気に入りの一冊だ。余談ながら、何とも不思議な話だが、ペーパーバック版の方がハードカバー版よりも4倍も高い値段が付いているようだ。
9.他国との比較研究(このトピックに関してはまずはアーレンド・レイプハルト(Arend Lijphart)の研究から入ればいいと思う。また、マット・イグレシアス(Matt Yglesias)のブログではこのトピックに関する優れたエントリーが数多く投稿されている)や政治的正統性(political legitimacy)や利害の認識(perception of interest)に関する人類学的・社会学的な研究もおさえたいところだ。合理的選択理論に基づく政治経済学的な分析ではこういったトピックはしばしば無視される傾向にあると思う。
10. 政府によるベイルアウト(金融機関の救済策)に関する公共選択論的な分析(あるいは金融界と政府との関係に関する公共選択論的な分析)としては、私のこの短い論説を参照してもらいたい。
11.先端的な研究としては、アンドレイ・シュレイファー(Andrei Shleifer)やダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)の論文を参照すべきだろう。政治学の分野における優れた応用研究も数多くあるが、公共選択論を学ぶ入り口としてはあまりお勧めしない。
古典の中からいくつか選択すると、プラトン著『Republic』(邦訳『国家』)―私の見解では、この本は専制政治に対する批判の書である―、ロベルト・ミヘルス(Robert Michels)著『Political Parties』(邦訳『現代民主主義における政党の社会学』)、トクヴィル(Alexis de Tocqueville)著『Democracy in America』(邦訳『アメリカの民主政治』)―「文化としての政治」という観点からアプローチする際の参考として―、ヴィルフレッド・パレート(Vilfredo Pareto)によるエッセイの数々―申し訳ないが、これらのエッセイが一体どの本にまとめて収録されているのかははっきりと覚えていない(フィナー(S. E. Finer)が編集しているんだったか?)―、といったところだろうか。『Federalist Papers』(邦訳『ザ・フェデラリスト』はその歴史上の役割を想起すると深い感銘を覚えるが、果たして一読して感銘を覚えるということはあるだろうか?
他に何か重要なトピックや研究を見落としていないだろうか?
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*1:訳注;ただし、第2版(Public Choice II)の訳
*2:訳注;このロジックの説明としてよく持ち出される例は貿易障壁をめぐる説明である。関税等の貿易障壁の存在によって国内で販売される財(貿易財)の価格がそうでない場合(貿易障壁が存在せず、自由貿易が行われる場合)よりも割高にとどまることになるが、そうなることで利益を受けるのは海外の生産者との競争圧力から解放される国内の生産者であり、この利益は少数の生産者に集中した(凝縮した)形で帰属することになる。一方で、消費者は割高な消費財(貿易財)価格に直面するという形でコストを負担することになるが、このコストは多数の消費者の間で薄く広く分散した形で負担されることになる。「集中する利益」は生産者が貿易障壁を導入するために(時に組織的なかたちで)政治に働きかけるインセンティブとなる可能性が高い一方で、「分散するコスト」は消費者が貿易障壁の導入を阻止しようと政治に働きかけるインセンティブとはならないかもしれない。貿易障壁の導入を後押しする力の方がそれを押し返そうとする力よりも大きくなる可能性が高いとすれば、結果として、貿易障壁が導入されるだろうことが予測されることになる。