目標間のトレードオフとか修正エヴァンズ・ルールとか


どうでもいい前置きは抜きにしますが、例の友人とランチに行ってきました。毎度のごとく一方的に語っていただきました。

アルティグさん、何だか苛立ってるみたいだね。

●Dave Altig, “Try, Try Again”(macroblog, December 21, 2012)

今回のFOMCの決定をインフレよりも失業の方を優先する旨の表明であるかのように扱うメディアに苛立ってるご様子だね。失業とインフレのどちらにも対等なウェイトが置かれているのであって、どちらか一方が他方に優先するということはない、ということだね。Fedはdual mandate(Fedに課せられた二重の法的責務)における「物価安定」と「雇用の最大限の確保」に対して等しいウェイトを置いているんだ、っていうことになるんだろうね。加えて、インフレにしろ失業にしろ単一の指標にだけ着目するのではなく総合的な指標で判断するんだ、といった指摘がなされているね(あと、「足許の」インフレ率ではなく、インフレ率の「予測」に着目する理由についても触れられているよね。その理由についてはクルーグマンも指摘していたよね)。


ハンフリー=ホーキンズ法施行以降、建前としてはdual mandateにおける「物価安定」と「雇用の最大限の確保」に対して等しいウェイトを置く、ということになってはいたけれど、雇用目標に関しては長らく「慇懃なる無視」(ベナイン・ネグレクト)が続いていた。そのような状態に対してバーナンキ率いるFedはこれまでも雇用目標を物価目標と対等な位置にまで引き上げる努力を続け、今回のFOMCの決定でその点を一層明確にした・・・という評価もあったりするよね。

●Sarah Binder, “The Congressional roots of the Fed’s new “Evans Rule””(The Monkey Cage, December 12, 2012)


2つの目標間のウェイトは同じだとしても、一方の目標は達成されているけれどもう一方の目標は達成されていない、という場合は目標間のトレードオフが必要となるかもしれないよね。具体的には、現在アメリカはインフレ目標に関してはほぼ満たされているけれど、失業率に関しては目標を大きく上回っている状態であり、失業率を目標にまで引き下げるためにはインフレ率が目標を上回ることも辞さない、というかたちで目標間のトレードオフを図ることが考えられるよね。実際にも、今回のFOMCの決定でインフレ率のthreshold(閾値)をインフレ目標2%を0.5%ポイントだけ上回る2.5%に設定する旨が明らかにされたけれど、これは目標間のトレードオフに踏み出したものとして解釈することができるよね。


ところで、今回のFOMCのちょっと前に行われたスピーチでエヴァンズ・シカゴ連銀総裁は、失業率のthresholdを6%に設定しても(=失業率が少なくとも6%を上回っている限りゼロ金利政策を継続したとしても)インフレ率の方が先にthresholdである2.5%に到達するということはおそらくないだろうインフレが加速する恐れはおそらくないだろう、と語っているよね(失業率のthresholdを6.5%に、インフレ率のthresholdを2.5%にそれぞれ設定した場合、おそらく失業率のthresholdの方が先に達成されるだろう(言い換えれば、失業率が6.5%にまで低下する前にインフレ率が2.5%を上回るようなことはないだろう)、とも語られているよね)。今回ほどのビッグ・サプライズはこの先なかなかないだろうけれど、ちっちゃなサプライズとして失業率のthresholdを現在の6.5%から引き下げる動きがもしかしたらあるかもしれないよね。

●Charles Evans, “Monetary Policy in Challenging Times”(C. D. Howe Institute, Toronto, Canada, November 27, 2012)

ちなみに、エヴァンズのこのスピーチではゼロ金利解除のthresholdに関するいわゆるエヴァンズ・ルール(7(失業率)/3 (インフレ率)のthreshold)が6.5/2.5に修正されているよね。この「修正」エヴァンズ・ルールは今回FOMCが採用したthresholdとほぼ同じものだよね。数字自体はまるっきり同じだけど、インフレ率のthresholdに関してちょっとした(本当にちょっとした)違いがあるよね。FOMCの決定では「1〜2年先」のインフレ率の予測ということになっているけれど、エヴァンズは「2〜3年先」のインフレ率の予測としているよね。そういう意味で「ほぼ」同じだよね。


あとthresholdに関して指摘しておくべき点があるよね。例えば失業率がthresholdである6.5%に達しそれを下回ったら自動的に政策金利を引き上げる、というわけではないという点だね。イェレンFRB副議長マーク・ソーマも指摘しているけど、thresholdをまたいだら(失業率が6.5%を下回ったら)政策転換(ゼロ金利を解除するかどうか)の検討に入る、という話だよね。イェレンが語っているように、「そのような(ゼロ金利を解除する上で満たされるべきインフレ率と失業率に関するthresholdを設定するような)アプローチの下では、ひとたびthresholdが満たされれば自動的にリフトオフ(liftoff;ゼロ金利の解除=政策金利の引き上げ)に乗り出すというわけではないだろう。リフトオフに乗り出すかどうかについてはFOMCにおけるさらなる討議と判断とが必要になるだろう。」("Under such an approach, liftoff would not be automatic once a threshold is reached; that decision would require further Committee deliberation and judgment.")。マーク・ソーマは「失業率6.5%/インフレ率2.5%というのはトリガー (trigger)ではない」と表現しているよね。


(追記)「ハンフリー=ホーキンズ法施行以降、建前としてはdual mandateにおける「物価安定」と「雇用の最大限の確保」に対して等しいウェイトを置く、ということになってはいたけれど、雇用目標に関しては長らく「慇懃なる無視」(ベナイン・ネグレクト)が続いていた。そのような状態に対してバーナンキ率いるFedはこれまでも雇用目標を物価目標と対等な位置にまで引き上げる努力を続け・・・」という話題と関連して、件の友人より以下の論文を紹介してもらった。↑で紹介したBinderのエントリーでこの論文のリンクが貼られていたとのこと。アブストラクトだけ訳しておく。

●Daniel L. Thornton, “The Dual Mandate: Has the Fed Changed Its Objective?”(Federal Reserve Bank of St. Louis Review, March/April 2012, Vol. 94, No. 2, pp. 117-134)

FRBは物価安定と完全雇用との二重の責務(dual mandate)を負っているものと理解されている。しかしながら、これまでFedは物価安定を主要な目標(goal)の一つとして言及してきているものの、雇用(の確保)を一個の独立した政策目標(policy objective)として言及することには乗り気ではなく、その代わり、雇用の最大限の確保は物価の安定を通じて最も適当に実現され得る、との表現を好んで使用してきた。ところが、このような抵抗(雇用の確保を独立した政策目標の一つとして言及することに対する抵抗)は2008年12月のディレクティブをもって終了を迎えることとなった。そのディレクティブの中で、Fedの目標は「雇用の最大限の確保と物価安定」("maximum employment and price stability")である、と指摘されているのである。同様の表現がFOMCの声明でも使用されるようになったのは2010年9月になってからであり、その後の声明でも同様の表現が使用され続けることになったのであった。本論文では、FOMCの議事録と年2回の議会証言の検証を通じて、これまでにFedが見せてきた抵抗−雇用の確保を独立した政策目標として言及することへの抵抗−について幾ばくかの理解を得ることを目的とする。FOMCが公表している文書ではその抵抗の理由について具体的には語られていないが、FOMCの文書の検証を通じて何らかの手掛かりを得ることはできる。FOMCの文書の検証を通じて得られる手掛かりの中でもおそらく一層重要であるのは、政策目標を巡るここ最近の表現の変化を説明するかもしれない2つの変化を見出すことができる点である。その2つの変化というのは、経済の安定化に対する一層の強調ならびに産出量の成長率から産出量の水準を強調する方向への変化である。