外貨準備の社会的コスト

Dani Rodrik(2005),“The Social Cost of Foreign Exchange Reserves(pdf)”(International Economic Journal(vol.20(3), pp.253-266, September 2006)に掲載)

ひょんなことから目を通すことになった論文(読んでくれと頼まれたんです。お駄賃はジュース一本)。以下、簡単ながら内容の要約。

90年代に入ってから現在に至るまで発展途上各国において中銀保有の外貨準備が急激に増加している。為替レートの増価を防ぐため(あるいは為替レートの安定化のため)に実施された為替介入の結果として膨大な外貨準備が蓄積されることになったという側面もあろうが(特に中国がこの事例にあてはまるのではないかと考えられる)、頻発する金融危機*1への対応といった側面が多くの発展途上各国の中銀をして外貨準備の蓄積に走らせている主因ではないかと考えられる。つまり、将来起こりうる金融市場でのパニックに耐えるための備えとして、あるいは金融危機発生の可能性自体を低めることを目的として、外貨準備が蓄積されているのではないかと推察できるのである(=流動性の蓄積を通じたself-insurance)。
金融危機への対応策の一環として外貨準備が保有されているのであるとすると、その外貨準備は緊急時に即座に対処可能であるように流動的なかたちで(=容易に現金(この場合外貨)に換金可能であるようなかたちで)保有されていなければならないであろう。実際のところ、発展途上各国の中銀保有の外貨準備の大半は、アメリ財務省証券を中心に市場規模の大きい流動的な短期債に投資されているのである。
さて、表題の外貨準備の保有コストのお話。外貨準備は流動的な債券に投資されているのであるが、流動的な債券はその流動性という利点と引き換えに概して低い利率が付されている。中銀がGuidotti-Greenspanルール*2にしたがって外貨準備を保有すると想定するならば、外貨準備の保有増には民間部門による海外からの借り入れ増が対応することになり、一国全体としては(=中銀と民間部門とを統合して考えるならば)海外から高い金利で借り入れた外貨をヨリ低い金利で短期債に投資した、ということになる*3。この海外からの借入利率と外貨準備の短期債への投資から得られるリターンとの差額こそが外貨準備保有の社会的コストであり、Rodrikによれば、こうして計算された外貨準備*4保有コストは発展途上諸国のGDPの1%近くにも上ると考えられるという(粗い計算ではあるけれども)。
流動的な外貨準備の蓄積にはその莫大なコストに見合うだけの利点(あるいは便益)が果たしてあるのであろうか。ある研究(Rodrikによる他の共同研究)によれば、Gidotti-Greenspanルールにしたがって短期債務に見合うだけの外貨準備を保有すれば、資本の急激な流出に見舞われる確率は平均して10%低下し、また金融危機による経済混乱の損失はGDPの10%に及ぶと推定されており、Gidotti-Greenspanルールにしたがうことの利点(=金融危機に直面する危険性が減ずることの利点)は期待値で見てGDPのおよそ1%(=0.1×0.1;金融危機に直面してGDPの10%に及ぶ損失を負う確率が10%低下することの利益)にあたるということになる。ということはつまり、GDPの1%近くのコストを負担して外貨準備を蓄積している発展途上諸国の行動は理に適っているという結果になる。

「liqidity is a relative concept that takes into accont the level of liquid assets in relation to liquid liabilities.」(p.10)

流動性の問題は流動資産の水準だけを取り上げて論じられるような話題ではない。流動性とは相対的な概念であって、流動資産の水準と並んで流動負債の水準も考慮すべきであり、それら資産と負債との関係(=外貨準備/海外からの短期借入)に基づいて流動的であるかどうかの判断がなされるのである。」。いきなりですけども、Rodrikが本論文で一番言いたいことがこれ。発展途上諸国の外貨準備保有行動は現状において理に適ったものであるかもしれないけれど、流動的な外貨準備を蓄積せずとも海外からの短期債務借入れを減らすことによっても(=(外貨準備/海外からの短期借入)の比率は外貨準備が増えても、また短期借入が減っても上昇する)金融危機発生の可能性を減ずることは可能である(外貨準備の増加+短期債務借入れ削減、の組み合わせはなお望ましい)。しかしながら、現実には近年において発展途上諸国(の約半数)による海外からの短期債務借入れは減少しているどころか逆に増加の傾向を示している。
・・・短期債務借入れにこれといった利点なんてあったっけ? 取り立てて利点もないと考えられるのに、それに短期債務減らせばそれだけ金融危機に見舞われる危険性も遠のくはずなのに、一体どうして短期債務は減ってないんだろうか? その理由はよくはわからないけれど、今のところ考えつく理由の1つとしては、・・・・残りは本文のp.12を参照のこと。


(追記;4/15)

中国による外貨準備の運用・管理問題を扱った文献。あとで読む。

Edwin M. Truman(2007)、“The Management of China’s International Reserves: China and a SWF Scoreboard(pdf)”


同カンファレンス(Conference on China’s Exchange Rate Policy(Peterson Institute for International Economics), October 19, 2007)で発表された他のペーパーもチェック。

*1:95年のメキシコ/97年のアジア金融危機/98年のロシア/94年、2001年のトルコ/99年のブラジル/2002年のアルゼンチン

*2:Guidotti-Greenspanルールも含めて発展途上諸国の外貨準備蓄積に関するあれこれの議論については、大谷聡・渡辺賢一郎、“東アジア新興市場諸国の外貨準備保有高について(pdf)”を参照のこと。

*3:詳しい説明は本文のp.6〜7を参照のこと。

*4:正確には3ヶ月分の輸入額に相当する額を超過する外貨準備高