ナイトの不確実性


●Stephen F. LeRoy and Larry D. Singell, Jr.(1987), “Knight on Risk and Uncertainty”(Journal of Political Economy, vol.95(2), pp.394-406)

●Richard N. Langlois and Metin M. Cosgel(1993), “Frank Knight on Risk, Uncertainty, and the Firm: A New Interpretation(pdf)”(Economic Inquiry, vol.31(3), pp.456-65)


F.ナイトによるリスクと不確実性との区別は通常理解されているような確率計算ができるかできないかという区別と同じではない。ナイトは不確実性下においても確率計算(=主観的な確率計算)はできる(できるというか人は不確実性下においても主観的な確率計算を行って行動している)と考えていたことはテキストを読めば明らかである。
ナイト自身は保険によって対処できるのがリスクであり、保険によって対処できないのが不確実性である、と理解していたのであり、また保険によって対処できない状況が発生するのはモラルハザード逆選択が存在するためである、とも考えていたと読み取ることができる(LeRoy=Singell論文)。
確かにナイトは不確実性下においても確率計算はできると考えていたという点は正しいであろう。しかし、リスクと不確実性との違いを保険によって対処できるかどうかという区別と同一視していいものかどうかという点には疑問がある。将来の予測(estimate)は、①確率を付与すべき事象としてどのような事象が発生しうるであろうかという予測(the formation of an estimate)と、②個々の事象がどの程度の確率で生じるであろうかという予測(the estimation of ith value)、との2段階の予測からなっており、リスクと不確実性との違いは①の予測の点に関する違いとして理解するべきであろう*1。不確実性下においては①の予測をするための十分な基礎が存在しない( "there is no valid basis of any kind for classifying instances" )とナイトは考えていたのである(Langlois=Cosgel論文)。


(追記)F.ナイトの『Risk, Uncertainty, and Profit』はネット上でも読めたりする。

http://www.econlib.org/LIBRARY/Knight/knRUP.htmlThe Library of Economics and Liberty

(追々記)

●William Janeway, “Risk versus Uncertainty: Frank Knight’s “Brute” Facts of Economic Life”(The Privatization of Risk, Jun 07, 2006)

昨今の金融危機への対処法に対する見解(あるいは態度)の違いは、「バジョットを支持するか、それともフーバーを支持するか」の違いでもあると見なせるわけでございますね(Janewayさんはそんなこと言ってません。私の勝手な解釈です)。

*1:“one must first know which alternatives are possible. The distinction between risk and uncertainty arises not because there is no basis for assigning probabilities, but because "there is no valid basis of any kind for classifying instances"[pp.225]”(Langlois and Cosgel, pp.459)