インタゲのすすめ+α


以前ミシュキン教授がフィナンシャル・タイムズ紙に寄稿した論説を取り上げたことがありましたが、そのエントリー(=インタゲのすすめ)に対してkoiti_yanoさんからTBを頂きました。ありがとうございます。
koiti_yanoさんのエントリーを補完する意味でミシュキン教授の論説の後半部分をちょっと訳してみました。出口戦略まで考慮に入れた上でインタゲの採用が推奨されていることがわかりますね。

●Frederic Mishkin, “In praise of an explicit number for inflation”(FT.com, January 11, 2009)

How would adopting an explicit numerical inflation objective help? First, a commitment by the Federal Reserve to keep the inflation rate near an explicit objective, say 2 per cent, over a longer-term horizon would provide more incentives for the Fed – both because it would want to stick to its word and because it would subject it to more public scrutiny – to make monetary policy sufficiently expansionary in the future. Research has shown a lack of such commitment was one reason why unconventional monetary policy actions such as quantitative easing by the Bank of Japan were ineffective to promote economic recovery.
(インタゲの採用がいかにして(金融危機下において難しい舵取りを迫られている)金融政策運営(+アメリカ経済の回復?)の助けになるのであろうか? 第1に、具体的なインフレ率―例えば2パーセント―の達成にコミットすること*1により、Fedは今後も(=将来にわたって)十分なだけ金融緩和を継続するインセンティブを持つことになるであろう。というのも、国民からの信頼を勝ち取るためにFedは約束したこと*2をきちんと守りたいと考えるであろうし、また具体的な数値目標を掲げることで国民からのこれまで以上に厳しい監視の目に晒されることになるからである*3日本銀行による量的緩和政策のような非伝統的な金融政策が日本経済の景気回復を達成する上で有効に機能しなかった理由の一つは、そのようなコミットメント*4を欠いていたからである、ということがアカデミックな研究の中で示されてきた。)

Second, when the financial system starts to recover, to keep future inflation under control the Federal Reserve will need to drain the massive amounts of liquidity it has pushed into the financial system during the past year and a half. A commitment to an explicit numerical inflation objective would encourage the Fed to explain to the public how this liquidity will be removed and subject the Fed to public pressure if it was not taking the necessary steps to make this happen.
(第2に、金融システムが現在の危機的状況から脱して落着きを取り戻したならば、Fedは将来のインフレ率が目標値から大きく上方に乖離しないようにするために*5過去1年半にわたり金融システムに注入されてきた膨大な量の流動性を回収する必要が出てくることになるであろう。明示的なインフレ目標値にコミットすることにより、Fed流動性をいかにして回収していく予定であるかを国民に対して説明するよう促されることになるであろうし、また流動性を回収するために必要な処置が採られないならばその理由*6の説明を求められることになるであろう。)

Critics of inflation targeting fear adoption of an explicit numerical inflation objective might lead to too little focus on stabilising economic activity. Experience with central banks that have adopted explicit numerical inflation objectives shows that to do so still leaves plenty of flexibility to react to economic downturns. (That is why the term “inflation targeting” is somewhat of a misnomer because it does not mean the central bank should try to hit the target over a fixed horizon.) In addition, an explicit numerical inflation objective by the Federal Reserve would be adopted only if it was consistent with the dual mandate specified by past Congressional legislation of both price stability and stability of economic activity.
インフレ目標政策を批判する人々は、Fedが明示的なインフレ目標値を採用することで実体経済*7の安定化を軽視するようになるのではないかとの恐れを口にする。実際にインフレ目標政策を採用している各国の中央銀行の経験は、インタゲを採用していたとしても依然として金融政策は景気の悪化に対処するに十分な柔軟性を有していることを指し示している(インフレ目標政策中央銀行に何が何でも(マクロ経済の状況如何に関わらず)インフレ目標を達成しなければならないことをまで要求するものではないのだから*8、「インフレーション・ターゲッティング」と表現することは誤解を招くものであるかもしれない)。さらに加えて言えば、Fedによる明示的なインフレ目標の採用は、Fedが法律によって課せられている2つの目的(dual mandate)―物価安定と実体経済の安定化―と矛盾しない限りにおいて実施に移されることになるであろう。)


+αとして(インタゲには直接的には言及してないけれども)以下の論文もおさえておきたいところ。

●Frederic S. Mishkin(2009), “Is Monetary Policy Effective During Financial Crises?”(American Economic Review, vol.99(2), pp.573–77)


AEA(アメリカ経済学会)の2009年度年次大会で発表されたドラフトはこちら(の Session: Capital Market Frictions and Liquidity(Sunday, January 4, 8:00 AM)から)、同タイトルの講演スライドはこちら(pdf)からそれぞれダウンロードできます。内容的にはFRB理事時代のこちらこちらのスピーチと重複している部分も多いので興味のある方はスピーチも参考にされたらよろしいかと思ふ。
論文タイトル(=「Fedの金融政策は今般の金融危機下において効果があったか?」)に対するミシュキン教授の答えはイエス(=金融政策は有効であった)。Fedによる金融緩和政策はMacroeconomic Riskの抑制を通じて(金融緩和がなされなかった場合と比較して)クレジットスプレッドの縮小に貢献した、と。
金融政策がサブプライム・ショックを原因とする実体経済の落ち込みを完全に相殺できなかったからといって「金融政策は有効ではなかった」と結論するのは早計であって、金融政策が有効であったか否かは実際に採用された金融緩和政策がもし採用されていなかったとしたらどうなっていただろうかというカウンターファクチュアルな状況との比較の下で論じるべきである、とのミシュキン教授の指摘には完全に同意。


(追記)+αの論文に対する補足。

「金融政策は有効ではなかった」と結論することは間違いであるだけでなく、危険でもあるとミシュキンは主張する。というのも、「金融政策は有効ではなかった」と誤って結論することは、

①「金融政策は有効ではなかった」→金融危機に対処するために金融政策を割り当てる特段の理由はない→何もしないでいい(policy inaction)
②「金融危機は有効ではなかった」→有効でないにもかかわらず、金融危機下で金融緩和を実施することはインフレ率を低位安定化させようとの金融当局の意思(あるいはインフレファイターとしての中央銀行の信頼)に対する疑いを生じさせるだけ→国民一般のインフレ期待の不安定化は将来の金融政策運営の障害となる→金融危機下での金融緩和は反生産的(counterproductive)

という危険な認識につながる恐れがあるから、とのこと。

*1:あるいは長期的なスパンで見てインフレ率が2%近辺に落ち着くよう金融政策を運営すること

*2:「2%のインフレ率達成を目的として金融政策を運営します」

*3:政策目標を数字のかたちで具体化することで、金融政策がその責任を果たしているか否かが誰の目にも明らかとなり、また政策目標の達成に失敗した際にはその理由の説明が求められることになる(hicksian注)

*4:プラスのインフレ率(あるいは具体的なインフレ目標値)の達成を目的として金融政策を運営する、とのコミットメント

*5:あるいはインフレの加速を防ぐために

*6:金融システムが落ち着きを取り戻したにもかかわらず、将来インフレが加速する危険性を抱えながらなぜ流動性を金融システムに放置したままにしておくのか(hicksian注)

*7:生産や雇用

*8:つまりは「インフレ目標政策=制約された裁量」っていうことを言いたいんだろう。この点については韓リフ先生のエントリー(「ノーガード経済論戦」まだ生きてる!)“バーナンキのインフレターゲット論の復習”も参照のこと(hicksian注)