「量的緩和は有効です−やり方次第では」


●Adam Posen, “The Use and Limits of Monetary Policy”(at the China-US Economists Symposium, China Finance 40 Forum, May 8, 2012)

「アダム・ポーゼンが「量的緩和は無効だ」と認めた」との噂を耳にしたのだけれど、↑の論説によると・・・あれ?(本ブログで以前訳したこちらの記事(「セントラルバンカーに告ぐ。いつまでもぐずぐずするな。行動せよ。」 )も併せて参照あれ) 

Another widely voiced but opposite concern about QE is the claim that our previous “unconventional” efforts to stimulate the economy either were not terribly effective or are unlikely to be effective if extended today. This is another false belief. It is as though the fact that the British economy (or the American, for that matter) is not fully recovered after our previous rounds of QE is evidence that QE failed to work. Even on the face of it, that is a strange type of logic. We know that infusions of QE to the economy have been closely associated with large falls in interest rates out the yield curve of comparable size in the UK and the US. We know that the relative price of riskier assets has gone up, indicating greater demand for them, when QE has been undertaken. And we know that banks have received increased deposits and investors and households have expressed increased confidence in the wake of each round of additional QE, in both the UK and the US.[3]In any understanding of how the economy works, this has a stimulative impact, just as a cut in Bank Rate does through the very same channels.[4]
(「量的緩和」(QE)について広く語られているもう一つの懸念は、経済を刺激するためにこれまでに試された「非伝統的な」("unconventional")政策上の努力はそれほど効果がなかった、あるいは、現在その規模が拡大されたとしても効果を生みそうにない、というものである。これもまた誤った信念である。そのような見解は、量的緩和後にイギリス経済(あるいはアメリカ経済)が完全には景気回復しなかったからといって量的緩和が機能しなかった証拠であるかのように見做すようなものであって、明らかにヘンテコなロジックである。イギリスにおいてもアメリカにおいても量的緩和を通じた市中への貨幣の注入は長期金利の大規模な低下と密接に結びついていたこと(長期金利の低下規模はイギリスとアメリカとで同程度であった)、量的緩和の実施後に危険資産の相対価格が上昇したこと―危険資産の相対価格の上昇は危険資産への需要が増加したことを示唆している―、追加的な量的緩和の度に民間銀行への預金預け入れが増加し、投資家や家計の信頼が回復したこと、がわかっている。経済メカニズムに対する理解*1がどのようなものであれ、量的緩和に伴って生じたこれら一連の出来事は景気刺激効果を持つと見做されることだろう―政策金利の引き下げもこれと全く同様の経路(トランスミッションカニズム)を通じて景気刺激効果を持つと見做されている―。)


日本で実施された量的緩和(2003年〜2006年)がデフレからの脱却になかなかつながらなかった理由についても触れられている。

The persistence of deflation in Japan, despite the Bank of Japan’s own LSAPs of Japanese government bonds from 2003-2006, remains a cautionary tale that QE – like any monetary policy – has to constitute a credible commitment.[8]A Japanese economist friend teased me in 2009 that once I got inside a central bank, I then realized how difficult it was to get the desired effects from QE, so I toned down my rhetoric. That turned out not to be true, as my votes in 2010 and 2011 demonstrated. I have indeed been less loudly critical of the Bank of Japan’s now past actions, but, as I told my friend, my rhetorical switch came in 2004 when it became apparent that the Bank of Japan was trying LSAPs, and reflation was not arriving as easily as I had and others had presumed it would.
(2003年から2006年にかけて日本銀行が政府債券の大規模資産購入(LSAPs)に乗り出したにもかかわらずデフレーションはしつこく持続することになった。日本のこの経験は、量的緩和量的緩和にとどまらず、いかなるタイプの金融政策であれ―は信頼のおけるコミットメント(credible commitment)を伴わなければならない、との教訓(cautionary tale)を示すものとして今もなお語り継がれている。2009年*2のことだが、友人である日本人のとある経済学者から次のようにからかわれたものである。「君も一度セントラルバンカーになってみれば、量的緩和が経済に望ましい効果をもたらすよう促すことがどれほど難しいかを知って君の口ぶりもトーンダウンすることだろう」と。2010-2011年における私の投票*3が示しているように、私の口ぶりは(MPCのメンバーになったからといって)トーンダウンすることはなかった。確かに今の私は日本銀行の過去の行動に関してかつてほど口やかましくはないが、その友人にも伝えておいたが、私の口ぶりは2004年の時点−日本銀行が大規模資産購入に足を踏み入れたことが明らかとなったものの、私も含めその他の人々が予想していたほど容易にはリフレーションが実現しないでいることが判明した時点−で変化していたのである。)

Subsequent research suggests that part of the problem was that the Bank of Japan waited too long to begin LSAPs, so that deflationary expectations were already entrenched. The Bank of England and other central banks took a lesson from that, citing the example to motivate their rapid reactions in 2008-09.[9]The BoJ leadership also engaged in rhetoric until the time of Governor Fukui in 2003 that undercut any expectations impact from QE, and reverted back to type in 2006 forward. Another source of the difficulty the Bank of Japan had with getting maximum effect on prices from its QE program was that the Bank actually bought short maturity bonds, which are close substitutes for cash and thus would be expected to have only a limited effect on portfolio behavior. (McCauley and Ueda (2009); Kuttner (2009)).
(その後の研究が示唆しているところでは、日本銀行が大規模資産購入に乗り出すまでにあまりにも時間がかかってしまった(あるいは、大規模資産購入になかなか踏み出さないでいた)ために、デフレ期待の定着を許してしまったことが問題*4の一部であったようである。2008年から2009年にかけてイングランド銀行をはじめとしたその他の中央銀行は迅速な政策対応を見せることになったが、それというのも日本のこの経験から教訓*5を得ていたためであったのである。また、日本銀行の首脳陣は2003年に福井(俊彦)新総裁が誕生するまでの期間ならびに2006年以降に量的緩和が期待に及ぼす効果を自ら打ち消すような物言いを繰り返したが、これもまた問題であったようである。さらには、量的緩和プログラムを通じて日本銀行が実際に買い入れた資産が満期(あるいは残存期間)の短い資産(short maturity bonds)であったために、量的緩和が資産価格*6に及ぼす効果が最大限発揮されなかったことも問題の一つとして挙げることができるだろう*7。満期の短い資産は現金と極めて代替的な資産*8であり、そのために満期の短い資産を主たる購入対象とする量的緩和ポートフォリオの組み換えに対して限定的な効果しか持たない*9と予想されるのである。)


部分引用は恣意的になりがちなので(このエントリーも例外ではない)気になった向きは自らの目で全文を確認することをお勧めする(道草」とか「道草」とか「道草」とかで全文を訳していただけたらどんなにありがたいことでしょう。


円のゆくえを問いなおす―実証的・歴史的にみた日本経済 (ちくま新書)

円のゆくえを問いなおす―実証的・歴史的にみた日本経済 (ちくま新書)

*1:訳注;経済はどのように機能するか、という点に関する理解

*2:訳注;ポーゼンがイングランド銀行BOE)の金融政策委員会(MPC)の外部委員に任命されたのは2009年。ちなみに、2012年8月31日付で任期満了とのこと。

*3:訳注;MPCにおける投票

*4:訳注;問題=デフレからなかなか抜け出すことができなかった理由

*5:訳注;経済にデフレ期待が定着する前に積極果敢に行動に打って出る重要性

*6:訳注;prices=資産価格と訳したが、もしかしたらpricesには資産価格だけではなく物価も含まれているのかもしれない。

*7:訳注;この点に関しては、例えば、片岡剛士著『円のゆくえを問いなおす』(ちくま新書、2012年)の第5章(特に、pp.201-205)も参照のこと

*8:訳注;現金とほぼ変わらない資産

*9:訳注;つまりは、満期の短い資産を主たる購入対象とする量的緩和はそれほど大きなポートフォリオリバランス効果を持たない、ということ。