「ウッドフォードに聞く 〜FOMCの新たな決定を受けて〜」


●Zachary A. Goldfarb, “Michael Woodford on the new Fed policy”(Wonkblog, December 12, 2012)

さる8月のジャクソンホールシンポジウムにおいてマイケル・ウッドフォード(Michael Woodford)―コロンビア大学に籍を置く経済学者であり、貨幣理論の指導的な理論家でもある―は重要な論文を発表した(pdf)。その論文では、名目金利がゼロ下限に達した状況においては、経済を刺激するために中央銀行は期待(expectations)に対する影響力を行使する必要がある、との主張が展開されている。そういった意味で、彼は水曜日に発表されたばかりのFedの新たな政策に対する知的なゴッドファーザーの一人であると言える。この度本ブログはウッドフォードに対してFedの新たな戦略(拙訳はこちら)―その新たな戦略では、失業率が6.5%を下回るかインフレ率が2.5%を超えない限りは金利を現在の水準に据え置く旨が約束された―についてどう考えるか意見を求めた。

以下に彼からEメールで貰った返答を転載する。

以前にも論じたように、将来的に政策が辿るであろう方向性を決定する基準(criteria)を明確にすることには重要な利点があると個人的には考えている。本日のFOMCの声明では、どのような条件の下であれば短期金利の引き上げを開始するのが適当であるかという点に関して、9月ならびに10月の声明よりも一層明確にされている。今回のように、基準が明確化されると同時に、政策引き締めが開始される条件が満たされるに至る*1のはFedの過去の行動から推測されるよりもまだ先になるだろうことが示唆されるならば、経済を刺激する上で特に助けとなることだろう。

本日明らかにされた閾値(thresholds)は、危機以前のFedの行動から推測される反応関数がFF金利の25ベーシスポイント(0.25%)の引き上げ(ゼロ金利の解除)を示唆するような失業率やインフレ率の値とは異なっており、そういった意味で本日の声明は少なくとも幾人かのマーケット参加者が抱く将来のFedの政策に対する予測を変化させることになったはずである*2

より一層の明確な議論は、過去数年にわたって採用されてきたFedの前例のない一連の行動に伴う多大なる不確実性のいくらかを減ずることにもつながるはずである。今回明らかにされた量的な閾値は私がこれまで提唱してきたものとは異なっているものの、9月ならびに10月の声明でもその使用が続けられた「期限(データ)ベース」の時間軸政策*3を大きく改善するものであると言えよう。

さらに本日の声明では、資産購入プログラムの終了後もFF金利は低い水準に据え置かれることが明らかにされている。このことが明らかにされることで、「資産購入プログラムの終了=金利の引き上げが間近に迫っているシグナル」と受け取られるのではないかとの恐れを抱く必要なしにプログラムを終わらせることが可能となるだろう。今のところ資産購入プログラムがすぐにでも終了を迎えるという予定は立っていないが、資産の購入が現在のペースで長期にわたって−インフレ率や失業率が(ゼロ金利が解除される)閾値に達するに至るまでの期間にわたって−続くような事態だけは避けるようにすることが重要だと個人的には考えている。

*1:訳注;失業率やインフレ率が閾値に達する

*2:訳注;あくまでも個人的な解釈だが、ここで言わんとしていることは、今回明らかにされた失業率6.5%/インフレ率2.5%という閾値(ゼロ金利解除の基準)が過去のFedの行動から推測されるテイラー・ルールによって示唆されるゼロ金利解除の水準とは異なっている、ということだろう。これまでのテイラー・ルールに従えば、FF金利は失業率が6.5%にまで低下する以前の段階で、インフレ率が2.5%にまで上昇する以前の段階でプラスに引き上げられるべきことが示唆されるということだろう。例えば、ボールテイラーによると、これまでのテイラー・ルールに従うと、失業率6.5%/インフレ率2.5%の場合FF金利は2〜3%程度になることが指摘されている(言い換えると、テイラー・ルールに基づけば、FF金利は失業率が6.5%に達するよりも前/インフレ率が2.5%に達するよりも前の段階でプラスになる、ということ)。つまりは、今回明らかにされた閾値が(これまでのテイラー・ルールにおいてFF金利がはじめてプラスになる(失業率やインフレ率の)水準とは異なっているという意味で)予想外のものであった、ということを意味しているものと思われる。

*3:訳注;例えば、「2015年半ばまでゼロ金利を続けます」といったように、ゼロ金利継続のコミットメント(あるいはゼロ金利の解除)を特定の日時と結び付けるアプローチ。翻って今回のFOMCの決定は、ゼロ金利継続のコミットメントを具体的な経済の状態(失業率6.5%/インフレ率2.5%)と結び付けるアプローチを採用する旨を表明したものであり、例えば、デロングは「状態ベース」のアプローチマーク・ソーマは「閾値ベース」のアプローチとそれぞれ呼んでいる。

ローレンス・ボール「Fedの決定を解釈する」


●Laurence Ball, “Interpreting the Fed”(Greg Mankiw's Blog, December 13, 2012)

友人でもあり論文の共著者の一人でもあるローレンス・ボール(Laurence Ball)から今回のFedの決定に関する素早い分析がメールで送られてきたので以下に転載する。

今回のFOMCの決定はビッグニュースだと個人的には考える。というのも、今回の決定は、将来においてFedが危機以前に成り立っていたテイラー・ルールから示唆されるよりもハト派寄りのスタンス(より緩和的なスタンス)をとるつもりであることを明確に宣言したはじめてのケースだからだ。

私自身の推計によると、危機以前においては実質金利(r)の決定に関するテイラー・ルールは以下のように定式化されることになる。

r = 2.0−(1.5)(u−u*) + (0.5)(pi−2.0)

ここで今現在もu*(自然失業率)は5.0(5.0%)だと想定することにしよう。上の式にu=6.5とpi=2.5 を代入すると*1、r=0ということになる。インフレ率は2.5%なので名目金利iは2.5(2.5%)だ。しかし、今回のFedの決定によると(u=6.5、pi=2.5の状況において)名目金利iはゼロに止まるというわけだ。

現在u*(自然失業率)は5.0%よりも高くなっているという意見があるが、そうだとするとテイラー・ルールから導かれる名目金利iは先の2.5%よりも高くなるだろう。となると(もし自然失業率が5.0%以上だとすれば)、今回のFedの決定は将来においてテイラー・ルールから示唆されるよりもハト派寄りのスタンスをとる意向の表明だとの結論はなお強められることになる。

また、r* (自然利子率;上の式では右辺の第1項である定数項)は現在2.0%から1.0%に低下しているとの意見もある。私自身はこの意見は疑わしいと思っているが、仮にそうだとすると、テイラー・ルールから導かれる名目金利iは1.5%ということになる。今回のFedの決定は将来においてテイラー・ルールから示唆されるよりもハト派寄りのスタンスをとる意向の表明だ、との私の結論は依然として妥当する。

このようなかたちでのテイラー・ルールからの逸脱はテイラー・ルールが発見されてからこのかた生じた試しがない。2003年に関してもFedはテイラー・ルールから示唆されるよりもハト派寄りのスタンスをとっていたわけではなかった*2。2003年の時点では、u=6.0、u*=5.0、pi=1.0、という数値がほぼあてはまるものと考えられるが、上に掲げたテイラー・ルールからは、r=0、i=1.0、との結果が導かれることになる。i=1.0というのは当時の実際の名目金利と一致しているのである。

将来におけるハト派スタンスの表明が現時点において十分な効果を持つかどうかは明らかではない。将来の金融政策に関する宣言がどのような効果を持つかについてはまだ証明されていないのである。

*1:訳注;uは失業率、piはインフレ率。u=6.5、pi=2.5というのは今回のFedによるゼロ金利解除の基準を指しているものと思われる。今回のFOMCの決定では、失業率が6.5%を下回るかインフレ率(の予測値)が2.5%を超えない限りはゼロ金利を継続する旨が明らかにされた。

*2:訳注;ここで特に2003年を取り上げているのはテイラー等の見解を意識しているものと思われる。テイラーらは、2003年から2005年にかけて実際のFF金利はテイラー・ルールから導かれるよりも低い水準に設定されていた、と主張している。今回のFedの決定を受けてテイラーもブログにエントリーをあげているが、そこでこのボールのエントリーについても言及しており、「2003年時点におけるFF金利はテイラー・ルールから導かれる水準よりも低いわけではなかった」というここでのボールの見解に異議を唱えている。

Neil Irwin 「Fedから届いた大ニュース」


●Neil Irwin, “Huge news out of the Federal Reserve”(Wonkblog, December 12, 2012)

本日の午後、Fedの政策当局者によってどでかいサプライズが披露された。ゼロ金利解除の基準(金利引き上げの条件)となるインフレ率と失業率の具体的な数値が明らかにされたのである。

本日開催されたFOMC連邦公開市場委員会)で、失業率が6.5%を下回るかインフレ率が2.5%を超えない限りは現在の金融緩和策が継続される旨が約束された。この決定は、シカゴ連銀総裁であるチャールズ・エヴァンズが2011年にはじめて明らかにし、その後その他のFedの高官からも支持を集めてきた提案を全面的に採用したものだと言える。

今回のFOMCの決定は重大事件である。これまでFOMCは将来の金融政策の行方をカレンダー(特定の日時)と結び付けて語ってきたが―例えば、「2014年まで現在のゼロ金利を継続します」といったように―、今回の決定はそのようなコミュニケーションのやり方を取りやめた上で、1)将来の金融政策の経路を特定の日時ではなく経済の状態に依存させること、2)具体的にどのような条件が満たされれば政策が変更されることになるか、をこれまで以上に一層明らかにしたのである。

おそらくはそれ以上に注目すべきは、労働市場の回復を後押しする対価としてインフレーションが目標である2%を上回る―といってもほんの少し(0.5%ポイント)だけだが―ことも辞さないつもりである点をはっきりと宣言したところにあるだろう。

アメリカ経済の浮揚を図るべくこれまでの5年間にわたって実施されてきた数々の驚嘆すべきFedの行動を前にすれば、ベン・バーナンキ議長の創造力やFOMCのメンバーを取りまとめて一つの決定へと導く能力、物議を醸すやもしれない大胆な手段にも果敢に踏み込もうとするその意志の強さにもうこれ以上驚かされることはないだろうと考えても不思議ではない。しかし、我々は今回こうして驚かされることになったのであった。

この後午後2時15分からプレスカンファレンスが始まる。そこでバーナンキ議長の考えがもっと詳しく語られることだろう。

NAIRUとヒステレシス


個人的なメモ用としてスティグリッツの1997年のJEP論文 “Reflections on the Natural Rate Hypothesis”(Journal of Economic Perspectives, Vol.11(1), pp.3-10)を眺めていて興味をひかれた箇所を突貫訳してみる。

人口構成の変化やwage aspiration effect(労働者による生産性の上昇ペースを上回る実質賃金の引き上げ要求)、生産物・労働市場における競争の促進といった要因以外の第4の要因が今まさにNAIRU*1に影響を及ぼしつつあり、また近い将来においてもそうなるかもしれない。第4の要因というのはヒステレシス(履歴)である。「高失業が長引くことで徐々に自然失業率が上昇していくことになるだろう」というアイデアはおそらくヨーロッパ経済との関連で最も広く語られていると言えるだろう。このアイデアを支える直観はこうである。高失業が長引くと失業者(アウトサイダー)の仕事上のスキルと職探しのスキルがともに毀損される一方で、現在職を得ている人々(インサイダー)は雇用の促進(失業の減少)よりも(自分たちの)賃金の維持を図ろうとする、と。現在アメリカではこれとは逆向きの力が働いているかもしれない。ヒステレシスがここ最近のアメリカにおいてNAIRUが低下している理由の一つであることを示す決定的な証拠はないものの、もしもヒステレシスがNAIRUに影響を及ぼすのだとすれば、高失業は我々がこれまで考えてきた以上に悪いものだ、ということになろう(というのも、高失業によりNAIRUが高まることになるから)。そして低失業は我々がこれまで考えてきた以上に好ましいものだ、ということにもなろう(というのも、低失業によりNAIRUが低下することになるから)(注4)。」(pp.8)

「(注4)自然失業率概念を提示するにあたって、ミルトン・フリードマンは、政策当局者による総需要管理政策の選択とそれ(政策当局者による総需要管理政策)に対する制約とを切り離して論じた。(自然失業率はどの水準にあるか、自然失業率が変化したのはなぜか、といった問題を考える上で)人口構成といった労働市場におけるサプライサイドの要因が第一義的な重要性を持っているという点に関しては私もフリードマンに同意する。しかしながら、ここで取り上げたヒステレシス効果によると、マクロ経済政策を実行する立場にある政策当局者は経済のサプライサイドだけによって決まる単一のNAIRUを前提にして政策を決めねばならないというわけではなく、自然失業率の水準は総需要の動向にも依存していることが示唆されることになるのである。つまり、フリードマンによる二分法*2は誇張され過ぎているかもしれないのである。」(pp.8)

「ここで私はもっと議論を推し進めて、フィリップスカーブが凹型(concave)であるかもしれないことを示す証拠のいくつかを提示してみたいと思う。・・・(省略)・・・凹型のフィリップスカーブという非線形性の存在が今後の研究でも支持されることになったとすれば、リスク回避的な政策当局者であっても失業率の低下に向けた実験*3に乗り出してみようという気になるかもしれない。ここで仮に現実の失業率が6か月間にわたってNAIRUを0.5%ポイントだけ下回っていたことが後になってわかったとしよう。もしフィリップスカーブが凹型であれば、(現実の失業率がNAIRUを下回ることで生じる)インフレ率の上昇分を打ち消すために現実の失業率は(6か月間にわたって)NAIRUを0.5%ポイントだけ上回る必要はなく、失業の増加はもっと穏やかなもの―例えば、現実の失業率がNAIRUを0.4%ポイントだけ上回る期間を6ヶ月間続ける―でよいだろう。もしもヒステレシス効果が重要なものだということが証明された場合には、この結論は一層強められることになるだろう*4。」(pp.9-10)

*1:訳注;インフレ非加速的失業率。Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)。

*2:訳注;自然失業率は経済のサプライサイドの要因だけによって決まり、ディマンドサイドの影響は一切受けない

*3:訳注;現実の失業率がNAIRUを下回る可能性を引き受けた上で失業の解消に乗り出す

*4:訳注;ヒステレシス効果が働く場合、現実の失業率がNAIRUをしばらく下回るとNAIRU自体が低下することになる。そのため、現実の失業率とNAIRUとのギャップもその分小さくなり、結果として生じるインフレ率の上昇も軽微なものにとどまることになる。そしてインフレ率の上昇分を打ち消すために必要となる失業の増加も一層穏やかなものでよいことになる。