オールド・ケインジアンの言い分


●James Tobin, “Keynesian Models of Recession and Depression(pdf)”(コウルズ財団HPより。Tobinの他の論文も多数存在、CassやKoopmansのラムゼイモデルに関する論文や岩井先生の論文(不均衡動学やら)なんかも読めたりする)。

The real issue is not the existence of a long-run static equilibrium with unemployment, but the possibility of protracted unemployment which the natural adjustment of a market economy remedy very slowly if at all.(p195〜196)

Even with stable monetary and fiscal policy, combined with price and wage flexibility, the adjustment mechanisms of the economy may be too week to eliminate persistent unemployment.(p201〜202)


「長期には、われわれは皆死んでしまっている(In the long run, we are all dead)」。“the private market can and will, without aid from goverment policy, steer itself to full employment equilibrium.”(p196)というような発言(ほっときゃ(市場の調整機能に委ねておけば)そのうち失業問題(不況)も解決されるよ)に対しケインジアンが反論を試みる際に度々持ち出されるケインズの言葉である。

長期的な完全雇用均衡(失業率が自然失業率(NAIRUでもいいが)の水準にある状態)の存在は否定しないけれども、また物価や名目賃金が伸縮的であることも認めるけれども、市場に任せておいただけではその完全雇用均衡にはなかなか到達し得ない(均衡への収束過程が緩慢であり非常に長い時間を要する)かもしれない。最悪の場合、経済は自力で完全雇用均衡に再び戻ることはできないかもしれない。「長期には、われわれは皆死んでしまっている」かもしれないということを説明しようと試みたのがトービンの本論文である。


詳しい議論は直接論文をご覧いただきたいが、ポイントは体系(WKPモデル)が安定条件を満たさない場合(大雑把に言えば、期待インフレ率が(実質)有効需要に及ぼす影響(the price change effect)が物価水準がそれに及ぼす影響(price level effect)を凌駕する場合;局所的には安定であるが大局的には(均衡からの乖離が大きくなるほど)不安定になる)、一度完全雇用均衡から乖離してしまうやいなや経済内部において自動的に均衡へと回帰する力は働かず、当該経済は先の見えない深刻な不況の泥沼に陥ってしまうことになる。政府による景気刺激策だけがわれわれを不況の苦しみから(死なせることなく!!)救うことができる(in the absense of countercyclical policy, the economy could slip into a deep depression(p201))。

price level effectはケインズ効果・ピグー効果・フィッシャーの負債デフレ効果等物価水準の高低が有効需要に及ぼす影響のことであり、the price change effectは期待インフレ率の変化が有効需要水準に及ぼす影響(フィッシャー効果(期待インフレ率の低下が実質利子率を高める等)、フローピグー効果)のことである(詳しくはp.197を見てください)。不況が深刻になる(均衡からの乖離幅が大きい)ほど、例えばデフレを伴う不況の場合においてthe price change effectが安定条件を満たさなくなるほど大きくなる(あるいはprice level effectが弱まる)という。確かに物価の下落はケインズ効果・ピグー効果を通じて有効需要を喚起し不況を緩和するかもしれない。しかし、経済が流動性の罠に陥っていればケインズ効果は限定され、負債デフレ効果によってピグー効果も減殺される。結果として∂E/∂p(price level effect)のマイナス幅は小さくなる。一方、デフレ下において期待インフレ率がマイナスになる、つまりデフレ期待が抱かれるようになると実質利子率が高まることになる。流動性の罠に陥っていれば名目金利がこれ以上低下する余地がなくなり、実質金利は高止まりし続けることになる。高水準の実質金利が放置し続けられることで(トービンのQが低下することを通じて)設備投資や消費の低迷が長引くことになる。∂E/∂x(the price change effect)のプラス幅が高まり(∂E/∂p(price level effect)の影響が弱まることと相俟って)安定条件が満たされない可能性が高まる。

The relevant question is whether deflation will by itself lift the economy from the floor. Will deflation so augment private wealth that consumption rises above its floor level? Clearly this will not happen unless condition (3.4)(安定条件;引用者) is met at the depression income level.(p201)

デフレ下においてあるいはデフレ期待の存在により実質利子率が高止まりしている状態において、安定条件が満たされなくなる可能性が高い。ということは、デフレを伴う不況から脱して力強い景気の回復を現実のものとするためには自然治癒に委ねるよりも何らかの政策的措置を取る必要があるということか。