「ストーリーを疑う;ストーリーとうまく付き合う方法(4)」


コーエンのTED講演の訳続き(その(1)/ その(2)/ その(3))。ストーリーが抱える第3の問題点(「市場で(広告などのかたちをとって)広く流布したり政治家が声高に語るようなストーリーは一定のバイアスを抱えている可能性が高い」)について。次の(5)で最後。

最後に、ストーリーが抱える第3の問題に話題を転じましょう。私たちはストーリーに心惹かれやすい傾向を持っているわけですが、私たちのそのようなストーリーに対する愛を利用しようと画策している人々が存在します。ストーリーを語ることを通じて私たちを操ろうと画策している人々が存在するのです。私たちは誰もが自分だけは広告によって影響されることはないと考えたがるものですが、もちろんそんなことはありません。私たちは誰もが皆広告から影響を受けるのです。もしあなたもまた他の人々と同じようにストーリーに対する愛を持ち合わせていれば、あなたのもとには商品を、それもストーリーが抱き合わせられた商品を売り込もうとする人がやってくることでしょう。「自分はストーリーからは自由だ」と感じていてもついにはその商品を購入することになってしまうでしょう。商品に抱き合わせられたストーリーに惹かれてその商品を購入してしまうのです。ここで、資本主義下の市場において語られるストーリーには一定のバイアスが存在する可能性が高い、ということに注意を喚起しておきます。例えば、自動車の販売広告のかたちで語られる2タイプのストーリーについて考えてみることにしましょう。Aタイプのストーリーは例えば次のようなかたちをとるでしょう。「美しくてロマンティックなこの伴侶さえいれば、この車を買いさえすれば、美しくてロマンティックな伴侶をゲットできて、魅力溢れた人生が約束されたも同然」*1("Buy this car, and you will have beautiful, romantic partners and a fascinating life.")。このようなストーリーを語る(売り込む)ことに金銭的なインセンティブを有する人はたくさんいます。Bタイプのストーリーは例えばこんな感じです。「自らの所得に見合う車を持つ必要などありません。私たちは何かあるとすぐに同僚が何をしているかを確認して(同僚の)真似をしたがるものです。確かに他人と比較したり他人を真似たりして自らの選択を決定することは多くの問題に関しては望ましいヒューリスティックであると言えるでしょうが、どの車を選ぶべきかとなると話は簡単。トヨタを選べばいいのです。」("You don't actually need a car as nice as your income would indicate. What you usually do is look at what your peers do and copy them. That's a good heuristic for a lot of problems, but when it comes to cars, just buy a Toyota.")。おそらくトヨタはこのようなストーリーを語るインセンティブを有しているでしょうが、しかし、トヨタもまた高級車を販売することから大きな利益をあげているわけですから、私たちが実際に耳にすることになるのは華やかで(glamor)魅惑的な(seductive)Aタイプのストーリーということになるでしょう。ここで強調しておきますが、市場でよく耳にするストーリーを信用してはなりません。市場でストーリーを語る人々は私たちのストーリーに対する愛に訴えかけて自らの都合のよい方向に私たちを操ろうと画策しているのです。ちょっと立ち止まって「誰も語りたがらないメッセージやストーリーはどのようなものだろうか?」 と自問し、自らに向けて「誰も語りたがらないストーリー」を語りかけてみましょう。それでも自らの決定が変わらないかどうか確かめてみる*2。これは市場で流布するバイアスを抱えたストーリーから自らを守るための単純な方法です。私たちはストーリーを通じて思考することからは決して逃れられませんが、ストーリーを通じて思考する程度や範囲を自らコントロールすることで意思決定を改善することは可能なのです。

*1:訳注;コメント欄でのAAさんのご指摘に基づき修正。ご教示ありがとうございました。

*2:訳注;例えば、Aタイプのストーリーを耳にして車を購入しようと決意したが、Bタイプのストーリーを自ら語りかけてみてそれでも車を購入するという決意に揺るぎがないかどうかを確かめてみる。もしその決意に揺るぎがなければ車を購入すべきであり、反対に決意が揺らぐようであれば車の購入は考え直すべきかもしれない。