James Hamilton 「1兆ドルのプラチナイーグルコイン」
●James Hamilton, “Trillion dollar platinum coin”(Econbrowser, December 8, 2012)
アメリカ議会が債務上限の引き上げを拒否した場合、オバマ大統領はどのような手に打って出ることができるだろうか? オバマ大統領が採り得る手段として様々な提案がまことしやかに語られているが、ここではその中でもワイルドな部類に属する提案の一つを取り上げることにしよう。
その提案の内容を説明するために、まずは銀行システムがどのように機能しているかについて基本的なポイントから話を始めさせてもらいたい。ある日、あなたがタンスの奥に寝かせておいた現金を銀行に預け入れたとしよう。するとあなたの預金口座には預け入れられた現金と同額の預金が振り込まれることになり、その預金をもとに小切手を切ることが可能となる。
あなたが銀行に預金口座を持っているように、銀行もまたFedに預金口座を持っていることだろう。あなたが口座を開設している銀行が紙幣なり硬貨なりをFedに預け入れた場合、Fedはその金額だけ銀行の預金口座に振り込みを行う。銀行がFedに預け入れている預金は準備預金と呼ばれているが、銀行は代金を決済するためにその準備預金を用いることが可能である。例えば、他の銀行から資産を購入した場合、Fedに対して自らの口座にある準備預金を相手側の銀行の口座に振り替えるよう依頼することで(資産の購入にかかる)代金の支払いが行われることになる。
銀行だけではなく財務省もまたFedに預金口座を持っている。あなたが(税金を支払うために)内国歳入庁(IRS)に宛てて小切手を振り出した場合、あなたが口座を開設している銀行の準備預金が引き落とされてその分が財務省の口座に振り込まれることになる。財務省は自らが望むものを購入するためにその口座を用いることができる。例えば、財務省がある顧客から何かを購入した場合、財務省の口座から(その顧客が預金口座を開設している)銀行の口座に準備預金が振り替えられることで代金が支払われることになる。
財務省が紙幣を発行したり銅貨やニッケル貨、銀貨、金貨を鋳造する能力に関しては制約が課されているものの、プラチナ硬貨の発行に関しては何ら制限が設けられていないことが連邦法(合衆国法典第31編第5112条)にはっきりと記述されている(この事実に気付かせてくれたブラッド・プルマー(Brad Plumer)に感謝)。
The Secretary may mint and issue platinum bullion coins and proof platinum coins in accordance with such specifications, designs, varieties, quantities, denominations, and inscriptions as the Secretary, in the Secretary’s discretion, may prescribe from time to time.
(財務長官は、自らの裁量のもとで下したその時々の指示に適う具体的な仕様―デザインや種類、発行数量、額面、銘刻―を備えたプラチナの地金型コインやプルーフ貨幣を鋳造・発行することが可能である。)この条文は財務省に対してコレクター向けの特別なプラチナコインの発行を許可することを意図したものである。これまでのところはプラチナイーグルコイン(American Platinum Eagle coins)の額面は最高100ドルであったが、もしここでガイトナー財務長官がその裁量に基づいて額面が数兆ドルのプラチナイーグルコインの鋳造を決めたとしたらどうなるであろうか?
額面1兆ドルのコインで財務省は一体何をするだろうか? もちろん・・・・財務省はそのコインをFedに預け入れることだろう。それを受けてFedは財務省の口座に1兆ドルの準備預金を振り込むことになるだろう。そして財務省は銀行から財務省証券を買い取り、その代金を支払うためにFedに対して自らの口座にある1兆ドルの準備預金を(財務省に対して財務省証券を売却した)銀行の口座に振り替えるよう依頼することだろう。こうしてFedが新規に発行した貨幣(準備預金)と引き換えにすべての財務省証券が償還されることになる。
ブラッド・プルマーはこの提案についてどう思うかをジョセフ・ギャニオン(Joseph Gagnon)−彼は私が尊敬してる経済学者の一人である−に尋ねている。
「いいアイデアですね。」。ピーターソン国際経済研究所の上級研究員であるジョセフ・ギャニオンはこう返答した。「経済学的に見てはっきりと疑わしいと言えるようなところは一切ありません。」
ギャニオンがこの提案に肯定的な理由の一つは、債務上限の引き上げを巡る政治的な駆け引きがあまりにも馬鹿げていると感じているからであろう(私も同感なのだが)。一度議会が政府支出と課税の水準を決定してしまえば、財務省がどれだけ借り入れる必要があるかは自動的に決まってしまうのである。(政府支出の決定と課税の決定以外にも)借り入れを巡る第3の決定が存在するかのように装うことは、投票者の中の最も騙されやすい人々を狙った政治劇に過ぎない。ギャニオンがこの提案に支持を与える別の理由は、おそらく彼がさらなる金融緩和を強く支持しているからだろう―数兆ドルにも上る政府支出の直接的なマネタイズ*1が追加的な金融緩和を意味することは紛れもないだろう―。
ただし、以上2つの理由づけを受け入れたとしても、この提案は制度面でのかなりの厄介事を抱え込んでいる。というのも、この提案は、財務長官はいかなる時であれアメリカの債務すべてをマネタイズする一方的な権力(unilateral power)を持っている、ということを意味することになるからである。何ダースものこの種のコインを発行することで財務省の口座にはとてつもない額の準備預金が積み増されることになり、小切手を振り出すだけで満期が到来した債務を返済することが可能となるわけである。斯様な権力の出現に対しては、ギャニオンをはじめ分別のある経済学者であれば誰もが嫌悪の眼差しを向けることだろう。
この提案を実行するにはFedと裁判所の協力が必要となることだろう。というのも、財務省がコインをFedに預け入れた際にそれと同額の預金を財務省の口座に振り込むことにFedが同意する必要があるからである。しかしながら、このようなかたちでFedが財務省に対してマネーサプライの完全なるコントロール権を進んで譲ることになるかどうかは疑わしいところである。また、元来は貨幣の収集家を満足させることを意図していた法律(上の条文)が実のところは大統領に対して既存の債務のすべてをマネタイズする権限を付与するものであったとなれば(その妥当性に関して)裁判所の判断を待つ必要があるだろう。
1兆ドルのプラチナイーグルコインの発行という提案は、現在懸案となっている問題に対処する上で魅力的なアイデアであるとは言えるだろう。しかし、現在我々が抱える問題を解決するにあたってはもっと適当な方法が他にあるはずである。