スコット・サムナー「カナダからの爆弾発言 〜カーニー、NGDP水準目標を支持〜」


●Scott Sumner, “Extremely Worthwhile Canadian Initiative”(TheMoneyIllusion, December 11, 2012)

JimPがテレグラフの非常に興味深い記事を私宛に送ってくれた。

カナダ中銀の現総裁であり、来年の6月にイングランド銀行総裁の座をマーヴィン・キングから引き継ぐ予定のマーク・カーニーが次のように語っている。中央銀行は、ひどく落ち込んだ経済を刺激するために、インフレーションや失業が「はっきりとした数値で特定された閾値」(“precise numerical thresholds”)に達するまでは低金利の継続にコミットするか、「政策枠組みそれ自体」(“the policy framework itself”)の変更にまで踏み込む可能性も考慮すべきだ、と。

彼の発言はカナダ銀行に対して向けられたものだが、今後彼がイギリスで推し進める可能性のあるラディカルな行動のヒントとしても受けとめられることだろう。イギリス経済は過去2年にわたり低迷を続けてきた。イングランド銀行総裁への任命に際して、カーニーは、「最大のチャレンジが待っている場所」に向かうことになるだろう、と語っている。

トロントのCFA協会でカーニーは次のように語った。深刻な不況下においては、「経済がより順調な経路に沿って推移することを促すために、中央銀行は経済が上向き、インフレーションが上昇する気配を見せた後においても極めて緩和的なスタンスを維持することに信頼のおけるかたちでコミットする必要があるかもしれない。

「その手を縛る」(“tie its hands”)ために、中央銀行は、金融引き締めに転じる前に満たされねばならないインフレや失業に関する明確で数値で特定された閾値(thresholds)を公に宣言することが可能である。」

彼はさらにこう付け加えている。「それでもなお一層の刺激が必要となった場合には、政策枠組みそれ自体を変更する必要があるかもしれない。例えば、名目GDP水準目標は、多くの面で、フレキシブル・インフレーション・ターゲッティング下において閾値ベースのコミットメントを試みるよりも強力な効果を発揮する可能性がある。」


第3パラグラフと第4パラグラフでは水準目標のことがほのめかされているが、第5パラグラフでついに爆弾発言が飛び出している。

ここでちょっとした背景情報を語らせてもらおう。

2011年の11月15日、私はカナダ議会による委員会ヒアリング(公聴会)でインフレーション・ターゲッティングに関して(ビデオ会議を通じて)証言を行った。そこで私はNGDP目標を擁護する発言を行った。そのヒアリングにはカナダ銀行から2名の代表が出席しており、そのうちの1人がカーニーだったと記憶している。その2名ともNGDP目標には反対し、フレキシブル・インフレーション・ターゲッティングを支持する発言を行ったのであった。ここで正直に認めなければならないが、大半のアメリカ人と同じく、私はカナダの金融政策については何も知らない−カーニーが発言を行ったと「記憶している」としか言い得ないのもそのためだ。カーニーの名前は証人リストに載っているが、カーニーとは一体誰なのか当時は知らなかった。そもそも人物に関する私の記憶はあてにならないのだが(日付に関する記憶は優れていると思う)。

つい最近カーニーはイングランド銀行の次期総裁に選ばれた。そのため、先のコメントはトロントで行われ、カナダ経済のことを意識してなされたものだが、イギリスに関しても何がしかの意味を持っていることは確かだ。

今回の件は、「中央銀行の政策を変えるためには、リーダー(あるいは少なくとも政策目標(mandate))を変えなければならない」というマット・イグレシアスの議論に支持を与えるものでもあるだろう。その地位に長く就いているリーダーは既存の政策に大きな時間や労力を注ぎ込んでいる。新たな政策が大きな成功を導くとすれば、それまで経済が低迷していた原因は(既存の政策を転換して新たな政策に踏み出せずにいた)中央銀行の用心深さにある、ということになる。イグレシアスは例としてトリシェとドラギの(ECB総裁職の)交代を挙げていたのではなかったかと記憶している。

テレグラフの記事にある次の文章はイングランド銀行の現総裁が政策転換に乗り出す可能性が低いことを示唆している。

カーニーの提案はイングランド銀行現総裁のキングにとって憎悪の対象とも言えるものだろう。これまでキングはインフレ目標を放棄することにも長期間にわたって低金利の継続にコミットすることにも大っぴらに反対の意を表してきた。

加えて、イングランド銀行インフレ目標は政府によって課されるものである。それゆえ、今回のカーニーの発言をもってイングランド銀行が直ちにNGDP目標の採用に向かうサインだと捉えるべきではないだろう。しかし、プレートはゆっくりとではあるが移動を始めているのだ。


今日の午後のことだが、Fedと深いコネを持っているとある男性とディナーをともにした。その彼によると、バーナンキはNGDP目標のようなアイデアに対してもオープンな態度(耳を傾ける構え)とのことだ。しかし、だからといってバーナンキがNGDP目標を支持していると言いたいわけではない。というよりは、現在あちこちで語られている既存の枠を超えた考えのいくつかに対して価値を見出しているということだ。バーナンキがそういった革新的なアイデア−例えば、ウッドフォードがジャクソンホールで発表した論文で語られているアイデア(論文では色々なアイデアとともにNGDP目標についても述べられている)のように−に利点を見出すようになったのはFedの政策に伴う最近の経験によるもの*1に違いない。バーナンキが公式に行う発言がFOMCの直近の決定を支持するものとなるのは当然である。Fedとコネを持つ件の男性は「バーナンキは極めて善意の人だと思う」と語った。その意見には私も同意である。

(追記)今やカーニーは世界で最も重要なセントラルバンカー四人のうちの一人である。それゆえ、今回の件は大変重大なニュースだと言える。

*1:訳注;おそらくは、最近のFedの政策が期待するほどの効果をあげなかったためにバーナンキはこれまでとは違った発想が必要だと感じている、ということを言いたいのだろう。