水準目標の利点とは?


以下、高橋洋一(監訳・解説)『リフレが正しい。FRB議長ベン・バーナンキの言葉』(「第7章 日本の金融政策、私はこう考える」)より引用。

「物価水準目標」の具体的な形態としてここで私が想定しているのは、「過去5年間を通じて、デフレではなく、たとえば年率1%といった緩やかなインフレが起こっていたと仮定した場合」に到達していたはずの水準にまで、物価水準(物価水準は生鮮食料品を除いた消費者物価指数のような、標準的な物価指数によって測定されることになるでしょう)を回復させる意志(あるいは意図)を、日本銀行が宣言するという方法です。

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ここでご注意いただきたいのは、私が提案している「物価水準目標」においては、目標が絶えず変動し続けるということです。すなわち、2003年時点で目標にすべき物価水準は、1998年の実際の物価よりも約5%高いことになりますが、2003年以降に関しては目標となる物価水準は年率1%のペースで上昇することになるのです。

デフレは物価水準の下落を意味しますが、デフレが生じている間も目標とすべき物価水準は上昇を続ける(現在のケースでは年率1%で上昇する)ことになります。となりますと、デフレの克服に失敗すると私が言うところの「物価水準ギャップ」(Bernanke, 2000)が拡大する結果となります。物価水準ギャップというのは、「実際の物価水準」と、「デフレが避けられ、物価安定の目標が常時達成され続けたと仮定した場合に到達していたであろう物価水準」との差のことです。(pp.212〜213)

物価水準ギャップを埋めるための試みは、次のように2つの段階を踏むことになるでしょう。

まず第1段階では、物価水準ギャップを埋め合わせ、それまでのデフレの影響を打ち消すことが目指されることになります。そのため、第1段階においては、インフレ率は長期的な目標インフレ率(現在のケースでは1%のインフレ率)を上回ることになるでしょう。この第1段階は「リフレーション段階」と呼ぶことができるでしょう。

物価水準ギャップが完全に埋め合わされ、現実の物価が目標となる物価水準に達すると―あるいは現実の物価が目標となる物価水準の目前にまで接近すると―、第2段階に移行することになります。この第2段階では、通常のインフレ目標あるいは通常の物価水準目標に則って政策が運営されることになり、長期的な目標インフレ率(現在のケースでは1%のインフレ率)の達成が目指されることになります。(pp.213〜214)

エガートソンとウッドフォード(2003)は、ゼロ下限制約下における金融政策の問題を取り扱った最近の重要な論文の中で、日本が物価水準目標を採用すべき別の理由を提示しています。

彼らは(他の多くの専門家と同様に)、「名目金利がゼロあるいはほとんどゼロのときには、中央銀行は、国民の間でインフレ期待を喚起することによってのみ、実質利子率を引き下げることが可能である」と指摘しています。

また、エガートソンとウッドフォードは、これまで私が語ってきたようなタイプの「物価水準目標」のほうが、「インフレ目標」よりも短期的な予想インフレ率の上昇につながりやすいと主張しています。

なぜそう言えるのかを理解するためには、次のポイントをおさえておけばよいかもしれません。すなわち、「『物価水準目標』の下では、「現実の物価水準」と「目標となる物価水準」との差が広がれば広がるほど(中央銀行が目標の達成に失敗すればするほど)、中央銀行はその後の期間において、より一層積極的な行動に打って出る必要に迫られることになる」ということです。

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・・・目標となる物価水準が年率一定の割合で上昇する「物価水準目標」の下では、デフレが続く限り、「物価水準ギャップ」は時とともに拡大を続けることになります。

そのため、「物価水準目標」の下では、中央銀行が目標の達成に失敗した場合、国民は「将来的に中央銀行は一層積極的な行動(例えば、公開市場での資産購入額の拡大)に打って出るに違いない」と期待することになりますし、そのように要求することにもなります。

ですから、仮に中央銀行が目標の達成期限を設けることには消極的だとしても、「物価水準目標」という政策枠組みは、デフレの克服に向けたこれまでの試みが不首尾に終わった場合に「脱デフレに向けた努力を今後一層強化すること」にコミットする方法を中央銀行の手に授けてくれることになるわけです。

エガートソンとウッドフォードが示しているように、「物価水準ギャップが拡大するにつれて、中央銀行は一層積極的な試みに打って出るに違いない」との期待が生み出されるとすれば、国民は最終的にはインフレがデフレに取って代わると信じることになるでしょう。その結果、実質金利の低下がもたらされ、目標の達成に向けた中央銀行の努力への後押しとなると考えられるのです。(pp.216〜219)