高失業の永続化
●Paul Krugman, “Permanently High Unemployment”(Paul Krugman Blog, July 26, 2010)
デロング(Brad DeLong)がマンキュー(Greg Mankiw)に対して以下のようなコメントを寄せている。
マンキューの議論の大まかなポイントをまとめると以下のようになるだろう。あの大不況(Great Depression)を除けば、これまで我々は現下のような経済状況に比肩する事態に見舞われたことはなく、それゆえに我々は謙虚かつリスク回避的な態度を保持すべきであるとともに、政府は現在の状況から距離を置いて手を引くべきである、と。
しかしながら、大不況についてちょっと学べばわかるように、「経済は自己規制的な(self-regulating)市場の働きによって即座に完全雇用均衡に回帰するのだから政府は眼前の経済問題からは距離を置いて手を引くべきである」という信念はあり得る限り最も尊大な信念である。
そして、大不況についてちょっと学べばわかるように、政府が眼前の経済問題から距離を置いて手を引くことは考え得る限り最もリスクの高い戦略なのである。
まったくその通り。高失業−現在の失業率は9.5%−の問題に対して弱々しい政策対応しかなされないことで生じるであろう大いなる危険性と過去最悪を記録する失業の長期化とに関して適切な注意が払われているとは僕には思えない。
ちょうど今僕はローレンス・ボール(Laurence Ball)の論文「失業におけるヒステレシス(履歴効果)」(pdf)を読んでいるところだ。ヒステレシスっていうのは、(訳者挿入;一時的な・短期的な)高失業が永続化(長期化)する傾向のことだ。ボールは、この論文の中で、高失業に対する弱々しい政策対応が構造的失業(structural unemployment)の上昇という結果につながる傾向にあること―それゆえ、インフレーションが以前よりもずっと高い失業率の水準において上昇する傾向にあること―を示す説得的な証拠を提出している。先にも触れたように、今現在僕たちが経験しているような類の失業現象は、多くの労働者が非常に長い期間にわたって職を得ることができずにいるわけであり、まさに(訳者挿入;ボールが指摘しているように)労働者らを永続的な失業状態にとどめ置くことになりかねないものだと言える。
その実、この事態(高失業の永続化、構造的失業の上昇)が(単なる理論的にあり得る可能性というにとどまらず)既に現実のものとなりつつあることを示す兆候も見られるようだ。ビル・ディケンズ(Bill Dickens)―彼は、名目賃金の下方硬直性について研究している学者の一人だ―が僕に教えてくれたところによると、現時点においてベバリッジ・カーブ(Beveridge curve)―欠員率(job vacancies)と失業率との関係を表す曲線―が大きく右上方向にシフトしているように見えるということだ。これまでの経験では、ベバリッジ・カーブの右上方向へのシフトは、NAIRU―インフレ非加速的失業率―が上昇していることを示すサインだった。
つまりはこういうことだ。政策当局者らは現下の失業問題に対して慎重かつ適度に注意深い姿勢で立ち向かっているつもりかもしれないけれど、その実アメリカ経済を慎重かつ注意深いかたちで長期的な雇用に関するカタストロフに向けて誘導しつつある可能性が高いということだ。
ここがヘンだよ バジョットさん
レギュラー先生のつぶやき、2連チャン。
●“ここがヘンだよ「みんなの党」 その1 〜内実は「バラマキ」の成長戦略を斬る〜”(本石町探偵団(JBPress), 2010年07月23日)
中小企業向けローン債権の買い取りは銀行による審査基準を緩めることにつながり、その結果として不健全企業の温存につながると主張する一方で(中小企業向けローン債権の買い取りは構造改革(あるいは創造的破壊)を阻害するって言いたいんだろうワンね)、「不良化しそうな債権が現金に振り替われば貸し出し余力は高まる。ただし、企業の資金需要は乏しく、現金は国債運用に回ってしまう公算が大きい」と主張するバジョットさん。ローン債権の売却によって銀行が手にした余裕資金が国債運用に回されるなら不健全企業の温存につながるわけないワンね。
中小企業向けローン債権の買い取りは、銀行のモラルハザードを招くからダメ、加えて中小企業向けローン債権を買い取っても「企業の資金需要」がないから銀行貸出しは増えない=マネーサプライは増加しないんでダメ、と主張したいんだろうワンけど、2つのダメが両立することはないワンね。どっちか一方のダメに議論の焦点を絞るべきだったと思うワン。
中小企業向けローン債権の買い取りは銀行のモラルハザードを招くからダメ、ということではなくて、既存の貸出しのうち不良債権化したローンから優先的に売却するよう銀行に促すことになるからダメと主張されたいという可能性もあるワンね。でも「銀行部門へのバラマキは企業審査を甘くする。金融システムの企業選別の努力は損なわれ、不健全企業が温存されよう。健全な企業は成長が阻害され、企業のチャレンジ精神は減退する。貸出債権の買い取りには、そんな副作用が潜んでいるのだ。」ともあるワンね。
↑で引用した文章は、中小企業向けローン債権の買い取りが銀行による新規貸出しの判断に対して与えるであろう影響ワンよね。
中小企業向けローン債権の買い取りが「企業審査を甘くする。金融システムの企業選別の努力は損なわれ、不健全企業が温存」するようなかたちで銀行の新規貸出しに影響を与えるとすれば、銀行が中小企業向けローン債権を売却して手にした余裕資金は「不健全企業」への貸出しに回るということワンね。「何のことはない、20兆円の貸し出しはほぼ同額の国債に化けるだけだ」とはならないワンね、中小企業向けローン債権の買い取りが銀行のモラルハザードをもたらすという議論にこだわるワンなら。
そういうわけで、量的緩和に効果なしって主張を固守するつもりなら、矛盾を回避するためには、中小企業向けローン債権の買い取りが「企業審査を甘くする。金融システムの企業選別の努力は損なわれ、不健全企業が温存され」るという議論を捨てる必要があるワンね。
あと、先のつぶやきでバジョットさんの「不良化しそうな債権が現金に振り替われば貸し出し余力は高まる。ただし、企業の資金需要は乏しく、現金は国債運用に回ってしまう公算が大きい」という主張を、中小企業向けローン債権を買い取っても「企業の資金需要」がないから銀行貸出しは増えない=マネーサプライは増加しないんでダメという議論であるとまとめたワンけど、ちょっと不正確だったワンね。銀行が手元に保有する余裕資金が国債運用に回るならマネーサプライ増えるワンし、国債利回りも低下するだろうワンから(ポートフォリオ・リバランス効果が働くとすれば、それ以外の債券利回りの低下圧力・株価上昇圧力につながるだろうワンし、ポートフォリオ上での資産代替が進む過程で外債に対する需要が増えれば円安圧力につながる可能性もあるワンね)、(そうでない場合と比べれば)総需要の刺激にもつながるだろうワンね。「国債運用に回る」とするのではなくて「準備預金にブタ積みされる」と書き換えれば、量的緩和に効果なしって主張の基盤をより一層強固にすることができると思うワンw
矛盾を回避する道はもう一つだけ残されてるワンね。中小企業向けローン債権の買い取りは銀行貸出しの伸びにつながる=マネーサプライの増加につながる、という点を認める必要が出てくるワンけど、その銀行貸出しは「不健全企業」向けのローンのかたちをとるというように銀行貸出しの「質」を問題視する論法ワンね。
どちらの道を選ぶかはお好みによるワンけど、先にもつぶやいたように、中小企業向けローン債権の買い取りは、銀行のモラルハザードを招くからダメであり、また中小企業向けローン債権を買い取っても「企業の資金需要」がないから金融緩和の効果なし(=量的緩和に効果なし)でダメ、というように2つのダメを同時に主張することはできないワンね。
あと、中小企業向けローン債権の買い取りプランは日銀の(手段の)独立性を侵害するものだとの指摘ワンけど、政府は日銀に対して買い取りを「要請できる」ってだけワンでしょ? 詳しい中身は知らないワンけど、政府に対して日銀が「NO!」と主張する権利は認められてるワンでしょ?
「『物価安定』という目標を達成する上で、そのような手段を受け入れることはできません」と反論すればいいだけじゃないワンの?
ただし、みんなの党の案では『物価安定』=具体的なインフレの目標値を公表するインタゲ、みたいワンから、日銀側の反論に筋が通っているかどうかは具体的な数値目標と照らして判断すべきということになるワンね。
明らかに目標値を下回っているのに「『物価安定』という目標を達成する上で、そのような手段を受け入れることはできません」なんて反論しても聞き入れてもらえないだろうワンね。つまりは、説明責任をきっちりと果たすよう促す仕組み=インタゲ、ということになるワンね。
金融政策の指針としてのブレイク・イーブン・インフレ率
久々のレギュラー先生のつぶやきシリーズです。「レギュラー先生お元気ですか?」との声を度々いただくことがありまして、先生の生存証明の意味も兼ねましてつぶやきシリーズを復活させてみました。つぶやきのストックはたんまりとありますので、今後も機会を見て先生のつぶやきを投稿していきたいと考えております。
M.フリードマン著/斎藤精一郎訳『貨幣の悪戯』をパラパラと眺めていたら面白い記述に遭遇したワン。
ヘッツェル(Robert Hetzel;ただし、引用文中では「へゼル」と表記)の研究に依りつつ、中央銀行は(今日言うところの)ブレイク・イーブン・インフレ率(=物価連動国債の利回りと通常の国債利回りの差≒期待インフレ率)を目標として金融政策を運営すべし、ということが語られてるワン。長いけど以下に該当箇所を引用しておくワン。
「最近のことだが、ロバート・ヒゼルは独創的な案を発表した。・・・(略)・・・ヒゼルの提案はこうである。
法律によって、財務省が発行する長期債券を標準型債券と物価スライド型債券に分ける。物価スライド型債券の利子と元金の支払は物価指数と結びつけ、財務省が債券を発行するときはこの2種類を等額に発行する。
名目ドルで支払われる標準型債券の市場利回りは、実質(インフレーションを調整した)利回りと投資家が予想したインフレ率の合計とする。物価スライド型債券の利子はドルが有する一定の購買力で支払われ、この債券の市場利回りは常に実質利回りとなる。この2種類の債券の利回りの差は、債券が償還されるまでの投資家の予想インフレ率によって決まる。
ヒゼルは、この提案をこう説明する。
金融政策の実施からインフレーションが沈静化するまでには、大きな時間的ズレがある。このため、特定の金融政策の実施とインフレ率の動向を関連付けることは難しい。この案の場合、予想インフレ率の変化は標準型債券と物価スライド型債券の利回りの差となって現れ、市場が現行の対インフレ金融政策(あるいは無策)の効果を継続的かつ即座に評価することになる。
市場が予想したインフレ率は、政府や金融当局がインフレーションを起こすような政策を採らないように継続的かつ効果的に牽制する。仮に、市場が連邦準備制度の行動をインフレ的であると判断すれば、即座に標準型債券の利回りは上昇し、標準型債券と物価スライド型債券の利回りの差が開く。・・・」(邦訳、pp.284〜285)「これもまた重要なことだが、市場がインフレ率を予想するということは、市場は連邦準備制度の行動を見守ることになり、連邦準備制度になぜそのような行動を採るのか説明を求めることになろう。」(邦訳、pp.286)
「ヒゼルの案を広く解釈すれば、この2つの債券の利回りの差をある数値内―例えば3%以内―に収めておくことを連邦準備制度に義務付ける何らかの法的措置が必要となろう。このような法律は、現行のどの法律よりも、連邦議会にとって金融政策の明確なガイドラインとなる。最近のことだが、連邦準備制度にインフレ率ゼロ%を目標とすることを命じる法律案が示された。この法案の目的は好ましいが、このような要求は強制できることではない。第一、監視できるものではない。なぜなら、対インフレ政策が実施されたとしても、それがインフレ率に影響を及ぼすまでには「大きな時間的ズレ」があり、現在の金融当局の罪(あるいはその逆)を後任者になすりつけることになるからだ。2種類の債券の利回り差を一定の数値内に収めるように規制する法案なら、このような問題は生じない。
このたぐいの要求には、それがどのような要求であれ、目標を達成できなかった場合の確たる制裁措置―例えば、職務解任とか減給―が盛り込まれるべきだろう。」(邦訳、pp.286)
引用にある「ヒゼルの案」というのはこれワンね(正確には↓の論文の参考文献に挙がってるHetzelのWSJの記事ワン)つ●Robert Hetzel,“Indexed Bonds as an Aid to Monetary Policy”<http://www.richmondfed.org/publications/research/economic_review/1992/er780102.cfm
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