IS-LM再論

IS-LMモデルは物価一定の短期の仮定の下で、財市場と貨幣市場の均衡分析をおこなうものである。IS関係は投資=貯蓄という財市場のフロー均衡の状態を記述する。利子率の減少関数である投資と所得の増加関数である貯蓄は、財市場における所得の変動によって均等化される。任意の均衡状態において、企業の将来見通しの改善等により投資需要が増加すると、投資‐貯蓄のギャップ(I>S)が縮まるように所得が増加する(投資需要の増加が乗数倍の所得増加を引き起こす。貯蓄が投資に均衡するような水準まで所得は増加する)。反対に投資が減少すると(I<S)、貯蓄が投資需要の水準に等しくなるよう所得が減少する(このことは有効需要の原理の採用を意味する。つまり、所得ないしGDPの大きさは供給側の条件によって規定されるという古典派のセイ法則が否定され、一国のGDPの大きさは有効需要の大きさによって規定される。経済主体による財の“買行為”と“売行為”という2つのフロー行為の間に貨幣保有というストック行為が介在することによってセイの法則が否定されるという議論もある)。

LM関係は貨幣需要=貨幣供給という貨幣市場(IS-LMモデルでは、資産として貨幣と債券(長期債券)の二種類しか考慮されていないので、貨幣市場の均衡はストック市場のワルラス法則により同時に債券市場の均衡も意味することから、資産市場全体の均衡を意味することになる)のストック均衡の状態を記述する。貨幣市場においては、貨幣供給量(マネーサプライ)と貨幣需要が均等化するように利子率が調整される。任意の均衡状態において、所得増などの原因により貨幣需要貨幣需要は所得の増加関数)が増加すると、(マネーサプライが不変であれば)過大な貨幣需要が貨幣供給量と等しくなるように利子率が上昇する(貨幣需要は利子率の減少関数である。背後では債券市場での超過供給が生じており、結果として(債券の売り圧力が強まるため)債券価格の下落、つまりは利子率が上昇することになる)。逆に貨幣需要が減少した場合には、過少な貨幣需要が貨幣供給量に等しくなるように利子率が下落して貨幣の需給がバランスされる(古典派においては、利子率は投資(資金需要)と貯蓄(資金供給)という二つのフローを均衡させるように決定されると考えられる(貸付資金説)が、ケインズ流動性選好説の立場にたつIS-LMモデルにおいては、利子率はストックの貨幣市場の需給を均衡させるように決定される)。

縦軸に利子率を、横軸に所得をとった二次元の図上において、IS曲線は右下がりの曲線(利子率が下落し投資が増加すると投資-貯蓄ギャップを埋めるように所得が増加する)となり、LM曲線は右上がりの曲線(所得が増加し貨幣需要が増加すると貨幣の需給をバランスさせるよう利子率が上昇して貨幣需要を抑制させる)となる。二つの曲線の交点において、フローの財市場とストックの貨幣市場が同時に均衡する利子率と所得の水準が決まる。教科書でみるお馴染みの図である。

IS-LMモデルの下では古典派の二分法は否定されることになる。古典派の二分法(セイの法則と貨幣数量説)の世界では、実物市場の実体的な変数(雇用量、生産量、実質利子率など)は、生産技術の条件や消費者の選好といった実体的な諸条件に制約付けられ、相対価格の調整によって各市場の需給を均衡させるような水準に決定される。「供給はそれ自らの需要を生み出し」、価格の自動調整機能が阻害されない限り、非自発的失業は起こりえない。また、貨幣供給量の変化は、物価、貨幣賃金、名目利子率等名目変数の水準決定には大きな影響力を振るうが、実体的変数には何らの影響も与えることはできない(貨幣の中立性)。名目(絶対)価格は貨幣供給の数量によってメカニカルに決定されることになる。しかしながら、IS-LMモデルでは利子率を媒介として実物市場と貨幣市場が結び付けられているため、貨幣供給量の変化は実物市場にも影響を与えることになる。貨幣供給量が増加すると貨幣市場での需給調整の結果として利子率が下落し、利子率の下落は利子率の減少関数である投資を刺激することになる。LM曲線の右方シフトの結果として、投資需要の増加、そして所得・雇用の増加が引き起こされる。貨幣供給量の変動が所得(雇用量)という実体変数の変動を引き起こすわけである

IS-LMモデルにおいて古典派の二分法は否定される。しかしながら、IS-LMモデルはもうひとつの二分法に陥っている。ストックとフローの二分法である。

IS-LMモデルにおいて、IS関係は投資や消費・貯蓄といったフローの選択を、LM関係は貨幣・債券間の選択といったストック(資産)の選択を記述していることは前述した通りである。問題は投資・貯蓄といったフロー面での決定と貨幣や債券間の資産選択といったストック面の決定(バランスシ−トの構成)とが、まったく切り離されて考えられていることである。IS曲線の形状に対しストック変数はなんらの影響も与えず、LM曲線にはフローの財市場からの影響が見られない。フローの選択はフロー市場で、ストックの選択はストック市場で、それぞれ自己完結的に行為決定がなされる。ストックの決定ないしはバランスシート調整とフロー面の経済的な選択のあいだのつながりが捉えられていないわけである。それゆえIS-LMモデルにおいてはバランスシートの状態(ストックの選択の結果)が、各経済主体の投資や貯蓄の決定(フローの選択)を左右し得るということを想定していないことになる。

LM関係はストックの資産市場の状態を記述しているわけだから、LM関係は経済主体の(ストック市場で取引されている資産が吸収される)バランスシートの構成決定の問題(単純に資産選択問題と言ってもよい)を取り扱うものでもある。そこにおいて考慮に入れられている資産(金融資産)は、貨幣と債券(長期債券)の二種類であることから、バランスシート上には貨幣と債券の二種類の金融資産が保有されることになる。貨幣と債券の二つの資産の違いは、利子の有無に求められる。つまり貨幣には利子がつかず、債券には利子がつく。それゆえ、貨幣・債券のどちらを保有するか(バランスシ−トの構成の決定)は、貨幣保有機会費用である利子率(厳密には長期利子率の水準)を見極めて決定されることになる(貨幣需要が利子率の減少関数であることをケインズの投機的動機から説明する際には、利子率期待の非弾力性が前提されている。また、投機的動機に基づいて貨幣・債券間の資産選択を説明しようとすると同一経済主体のバランスシート上に貨幣と債券が共存することを説明し得ないという問題が生じる。貨幣需要が利子率の減少関数であることを取引動機から説明できることを示したものとしてTobin/Baumolによる在庫投資理論を援用したモデルがある)。利子率が高くなるにつれて債券の保有が選好され、逆に利子率が低くなると貨幣保有が選好される。このことは先述した貨幣需要関数が表現していることである。

しかしながら、経済主体のバランスシート上の資産構成の決定が利子率(収益率)のみに依存すると考えてよいのであろうか。また、資産を利子の有無だけによって区別しつくすことはできるのだろうか。利子(収益)を生む「債券」の中に含まれる諸資産間の選択はどのような点を考慮して決定されるのだろうか。これらの疑問に答えようとするならば、資産の他の属性―安全性や流動性―に対しても目を向ける必要がある。そして、経済主体が収益だけでなく安全性、流動性といった諸特徴も考慮したうえでバランスシートの構成を決定していることが認められるならば、バランスシートの状態とフローの選択が切り離しえないものであることが理解されるようになる。つまり、ストックとフローの二分法が否定される。

IS-LMモデルでは、「人々の消費・貯蓄の決定と、長年の貯蓄を蓄積した結果である資産の中身、すなわち貨幣か収益資産かの決定とが、まったく無関係なものとして切り離されてしまっているのである。・・・ストックの決定とフローの決定は相互に関連しながら同時に行われているわけで、これらを切り離して考えるわけにはいかないのである」(小野善康『金融』、p19)。IS-LMモデルが取りこぼした問題―ストック(バランスシ−ト上の資産構成)とフローの不可分性―を明示的に考慮することは、経済モデルを研磨し現実経済の働きに対する理解を深めるうえで避けては通れない道である。

↑大学時代のゼミのレポートかなんかだったかな〜。若いね〜。