流動性のワナ

貨幣需要の投機的動機=貨幣と「債券」(コンソル債)間の資産選択の問題、について(堀内昭義著『金融論』、p140〜144参照)。コンソル債(確定利付き債)の流通価格;P=cF/i (F:額面価格、c:クーポン率、i:利子率(最終利回り))

コンソル債を1年間保有することによる収益率(1年後に市場で売却);P(0)=cF/(1+α)+P(1)/(1+α)→α=[cF+(P(1)-P(0))]/P(0)%20(P(0)・P(1);現在・1年後の債券の流通価格、α;収益率=利息とキャピタルゲインを現在の市場価格で割った値)

(a)i(0)=C/P(0) (C=cF)

(b)α=[C+(P(1)-P(0))]/P(0)=i(0)-(i(1)-i(0))/i(1)


(b)の導出過程;α=C/P(0)+P(1)/P(0)-1=i(0)+[C/i(1)]/[C/i(0)]-1=i(0)+i(0)/i(1)-1=i(0)+[i(0)-i(1)]*1/i(1)=i(0)-(i(1)-i(0))/i(1)

(b)に示されているように収益率αと最終利回りiは一致するとは限らない。来期の利子率が今期よりも高まると予想される時(i(1)>i(0))、収益率αは最終利回りi(0)を下回る。来期に利子率が高まると予想することは債券価格が下落すると予想していることと同値であり、最終利回りが正であってもキャピタルロスを嫌気して貨幣が保有される場合が存在する(i(1)>i(0)と予想し、また利子率の期待上昇幅がかなり大である時に、収益率αがマイナスになる場合がある)。i(1)がある一定値に止まり続ける場合、今期の利子率i(0)が下落すればするほど将来の債券価格の下落が期待され貨幣に対する需要が高まることになる。このようにして投機的動機に基づく貨幣需要は利子率の減少関数として規定される。

利子率の減少関数である流動性選好関数(貨幣需要関数)を導くに際して、i(1)に関する「非弾力的な期待」という仮定(人々は利子率に関してある正常な水準が存在すると想定しており、正常利子率に関する期待は今期の利子率変動の影響をそれほど受けない)が背後に存在する。

今期の利子率i(0)の変化が来期の利子率i(1)にどれだけの変化をもたらすかを表現する指標として期待の弾力性βを定義。β=[di(1)/i(1)]/[di(0)/i(0)]である(今期の利子率が1%上昇した時、来期の利子率が何%上昇するかを測定)。

(c)(=(b)を全微分);dα/di(0)=1+(1/i(1))(1-β)

(c)((b)=i(0)+i(0)/i(1)-1)の導出過程;dα=[∂α/∂i(0)]*di(0)+[∂α/∂i(1)]*di(1)=[1+1/i(1)]*di(0)+[-i(0)/i(1)*i(1)]*di(1)→(両辺をdi(0)で割る)dα/di(0)=[1+1/i(1)]-{i(0)/[i(1)*i(1)]}*[di(1)/di(0)]=1+(1/i(1)){1-[i(0)/i(1)]*[di(1)/di(0)]}=1+(1/i(1))(1-β)

期待の弾力性が小さい時(1よりも小の時)、今期の利子率i(0)の上昇は債券の期待収益率αを上昇させることになる。今期の利子率が正常水準を上回ったとしても、人々は利子率は正常値に回帰(下落)してくるだろうと判断する(今期の利子率上昇を観察してもそれに併せて将来の利子率期待(正常利子率)を上方修正しない)。つまりは債券価格が上昇することを期待(キャピタルゲインの獲得を期待)して債券への需要が増加、貨幣需要は減少するわけである。利子率上昇が貨幣需要を減少させる。流動性選好関数の出来上がりである。

長い長い前置きはこれにて終了。この記事を書いた理由は別のところにある(昨日の記事で非弾力的期待に触れたのでそれについても書こうとは考えたけれども)。同書のp145〜146における流動性の罠に関する記述が実に興味深く、そのことを論じたかったわけである。その部分を引用。

流動性のワナが生じる)第二の可能性は、今期の貨幣供給の増加が、将来の金融引締めの期待を生み出し、人々の利子率の期待値i(1)が上昇してしまう場合である。この場合には、貨幣供給曲線MMの右方向へのシフトに対応して、需要曲線LLが同じく右方向へシフトする。その結果、資産市場の均衡は、以前とほぼ同じ利子率水準の下で成立するのである。(p145)

縦軸が利子率を、横軸が貨幣需要・供給量を表す二次元の図上において、右下がりの貨幣需要曲線(LL、利子率が低下すると貨幣需要が増加)と縦軸に平行な貨幣供給曲線(MM)が交差する点において貨幣市場は均衡する。利子率の期待値i(1)が上昇した時、(b)より債券の期待収益率は低下するので債券需要は減少する。この時、同じ利子率i(0)の水準における貨幣需要は増加するので、需要曲線LLは右方へシフトするのである。「今期の貨幣供給の増加が、将来の金融引締めの期待を生み出」すと(c)においてβが負の値をとることになり、債券価格の急激な下落が期待されて(1/i(1)の下落幅との兼ね合いによるが)、そうでない場合と比較すると貨幣需要がヨリ強まることになる。貨幣供給曲線の右方シフトは貨幣需要曲線の右方シフトによって相殺され、利子率の水準は緩和以前とそれほど変らぬ状態で推移するため、金融緩和による景気刺激効果が発揮されることはない。

今期の金融緩和措置が将来においても維持される(将来も金融緩和は続く)と期待されるとどうなるだろうか。利子率の期待値i(1)が下落すると貨幣需要曲線は左方にシフトする。貨幣供給曲線の右方シフトと合わせて考えると、(流動性のワナから脱して)利子率i(0)の下落を生んで景気に対してポジティブな影響を及ぼすことになろう。(c)のβは正の値を取り、以前と比べその値が上昇するならば(1-β)が下落するので(1/i(1)は上昇するため、二つの兼ね合いにもよるが)債券への需要が増加、貨幣需要は減少して貨幣需要曲線は左方にシフトすることになる(βが1よりも大きい値を取る時、急激な貨幣需要の減少を生むだろう。非弾力的な期待を仮定しなければ、このケースの流動性のワナから脱することはより簡単なことなる(あるいは、民間経済主体の期待に働きかける政策を視野に入れることが可能になるわけで政策手段の数が増えると言ってもよい))。民間経済主体に将来も金融が緩和され続けることを期待させて(将来の金融緩和をコミットすることで?)流動性の罠から脱出する。なんだかクルーグマンの主張(流動性の罠の定義は違うが)を髣髴とさせる話ですね(流動性のワナの第一のケース、すなわち貨幣需要曲線がある利子率水準で水平になる場合においては対策は困難である。ただし、利子率期待の非弾力性を仮定する限りにおいてだが)。