長期金利と金融政策

バーナンキFRB議長新スピーチの概要。

Reflections on the Yield Curve and Monetary Policy(Before the Economic Club of New York,March 20, 2006 )http://www.federalreserve.gov/BoardDocs/speeches/2006/20060320/default.htm

FRBによる今般の(2004年6月末から始まる)金融引き締め局面においては4つの特徴的な動き(現象)が観察される。

1.市場が予想しているよりも金融引き締め(FFターゲットレートの引き上げ)が開始されるタイミングが遅かった(FFターゲットレートが据え置かれる期間が予想以上に長かった);アメリカ経済がデフレに陥る危険を予防するための措置として理解できる(2003年中に経験したディスインフレが行き過ぎる(=デフレに転化する)ことを懸念)→高すぎるインフレと同様に低すぎるインフレを避けることに全力を尽くすのがFRBの使命である

2.FRBの将来の政策スタンスを(FOMC後の声明を通じて)前もって明らかにすることにより市場の動揺や過剰反応を防ぐことに成功した;市場との透明性あるコミュニケーションが金融資産の価格(=株価、為替、長期金利etc)変動を最小化することを通じて金融政策の有効性を高めることにつながった

3.漸進主義(gradualism)的な金融引締め(http://www.federalreserve.gov/FOMC/fundsrate.htmhttp://research.stlouisfed.org/publications/mt/page9.pdf(pdf)を参照);FFターゲットレートを漸進的に、ゆっくりとしたペースで徐々に引き上げることにより、将来の金融政策の予測可能性が増した(→結果として資産価格の変動の平準化につながった)。また、FRBは経済の状況を見極める時間的余裕を得ることができ、状況に応じた政策調整を行うことが可能となった←インフレ期待が低位安定していたからこそ(FRBによるlow and stable inflationへのコミットが信認を得ていたからこそ)可能となった手法ではある

4.金融引締め局面において長期金利がそれほどの上昇を見せなかった(=イールドカーブのフラット化;http://www.newyorkfed.org/research/directors_charts/i-page19.pdf(pdf)などを参照);10年物の長期国債金利はFFターゲット金利とほとんど変わらない水準にある

長期金利は何故それほど上昇しなかったのか?>        
長期利子率が将来の予想短期(=1年満期)利子率の加重平均とタームプレミアムの合計として求められる(=利子率の期間構造に関する期待仮説にリスクプレミアム(ないし流動性プレミアム)の存在を考慮に入れたもの)と考えるならば、FFレートや2、3年先の(満期一年物の)フォワードレートが上昇する一方で長期金利(10年物国債金利)がほとんど変動していない(=decline in far-forward rates)ということは、

(a)将来的に短期利子率が低下すると予想されている;dependent on the economic outlook

(b)タームプレミアムが低下している;independent of the economic outlook

のどちらか、または双方の要因が働いていることになる。

(b)を支持する見解としては、

・1980年代の中頃以降、マクロ経済の変動(実質GDP成長率やインフレ率の動き)が安定化した(緩慢なものとなった)ため(マクロ経済の安定化には低インフレ(ならびにインフレ期待の安定化)を実現した金融政策も一役買っているかもしれない);the fall in macroeconomic volatility, if investors have come to expect this past performance to continue, they might believe that less compensation for risk--and thus a lower term premium--is required to justify holding longer-term bonds

・各国政府(特にアジア)が積極的に外為市場に介入したため(バーナンキとしては、短期的な効果はともかく長期利子率を長期的にも低下させた要因として考えうるかどうか疑問である(+長期国債と民間発行の(満期を同じくする)債券間の利回りのスプレッドが拡大していないこと、アメリカだけではなく他国の長期利子率も低下傾向を示していること、からしても疑問である)との立場);foreign official institutions, primarily central banks, have invested the bulk of their greatly expanded dollar holdings in U.S. Treasuries and closely substitutable securities, and these demands by the official sector have put downward pressure on yields.

・年金基金会計基準や運営方針の変化(年金債務と資産のデュレーションをマッチングさせようとする動き)の結果として長期債への需要が高まったため(ニッセイ基礎研究所;「年金ストラテジー」(http://www.nli-research.co.jp/doc/str0602c.pdf(pdf)やhttp://www.nli-research.co.jp/doc/str0509b.pdf(pdf)等々)などを参照のこと。);Changes in the management of and accounting for pension funds are a third possible source of a declining term premium. Reforms proposed in the United States, Europe, and elsewhere are widely expected to encourage pension funds to be more fully funded and to take steps to better match the duration of their assets and liabilities. Together with the increased need of aging populations in the industrial countries to prepare for retirement, these changes may have increased the demand for longer-maturity securities.

・長期債への需要増加のペースに比べて長期債が発行されるペースが鈍かったため;as investors' demands for long-duration securities may have increased over the past few years, the supply of such securities seems not to have kept pace.

近時の長期金利の動きを説明する主要因が(a)であるのか(b)であるのかは、今後の金融政策の方向性に対するインプリケーションの違いを生む。(a)=投資家の将来の景気動向に対する弱気な態度の反映(investor expectations of future economic weakness)の結果だとすると(←将来的に景気が後退し、それに対して金融緩和政策がとられる(=FFレートが引き下げられる)と予想されるため)、長期金利が歴史的に見て低い水準で安定している理由が(a)の反映であるならば金融は現状よりも緩和すべきであることになるし(if spending depends on long-term interest rates, special factors that lower the spread between short-term and long-term rates will stimulate aggregate demand. Thus, when the term premium declines, a higher short-term rate is required to obtain the long-term rate and the overall mix of financial conditions consistent with maximum sustainable employment and stable prices)、(b)の反映であるならば金融は現状よりも引締め気味に運営されるべきとなる(バーナンキ長期金利の動きを説明する代替的な議論として自然利子率の低下を主張する見解やグローバル貯蓄過剰論(http://www.federalreserve.gov/boarddocs/speeches/2005/20050414/default.htm)も挙げている)。長期金利の推移に関する解釈の違いは時に正反対の政策対応を要請することになるのである(ちなみにバーナンキ自身は(b)が説明要因としてもっともらしいのではないかとの認識。ただし、長期金利は政策判断を行ううえであくまでも一つの指標にしか過ぎず、長期金利の動きのみから即座に金融政策へのインプリケーションを引き出すことは拙速にすぎるとの考え)。