ソウェル著『ヴィジョンの対立：政治的対立のイデオロギー的起源』（序文）

●Thomas Sowell, A Conflict of Visions: Ideological Origins of Political Struggles (New York, NY: Basic Books, 2007)

ひとまず序文だけ訳してみた。

＜2007年版への序文＞

本書は、私がこれまで書いてきた本の中でもお気に入りの一冊の改訂版である。なぜお気に入りなのかといえば、基本的な問題――もっと注意が払われてしかるべきなのに、ほとんど注目されていない問題――と取り組んでいるからである。その基本的な問題とは、「大きく異なるヴィジョンが激しい対立を見せているが、さまざまなイデオロギー上のヴィジョンはそれぞれどのような仮定に立っているのだろうか？」という問題である。本書の目的は、どのヴィジョンがより妥当かを判断することにはなく、さまざまなヴィジョンに内在する論理（logic）を明らかにし、個々のヴィジョンが拠って立つ仮定（assumptions）からどのような議論が派生してくるかを詳らかにすることにある。異なるヴィジョンの持ち主が、具体的な現実の問題に対して全く異なる結論に至ったり、「正義 justice」、「平等 equality」、「権力 power」といった基本的な用語に対して大いに異なる意味合いを込めるに至る理由は、異なるヴィジョンに内在する特有の論理と仮定に求めることができるのである。本書は、ある意味で、思想の歴史（history of ideas）の研究として位置づけることができるが、それと同時に、我々が生きる今の時代を対象にしてもいる。それというのも、異なるヴィジョンの対立は、過去2世紀と引けを取らないほど今日においてもなお、依然として鮮明だからである。
本書以降に執筆した『The Vision of the Anointed』と『The Quest for Cosmic Justice』では、異なるヴィジョンの妥当性（どのヴィジョンがより妥当か）を検討している――先にも触れたように、この点は本書では対象外の話題である――。どの本も独立して書かれたが、これら3つの著書は一種のトリロジー（trilogy；三部作）と見なすことができるかもしれない。（以下略；謝辞が続く）

＜1987年版への序文＞

ヴィジョンの対立（conflict of visions）は、競合する利害の対立（conflict between contending interests）とは別物である。利害が対立している状況においては、関係当事者は、自らが置かれている状況がどのようなものであり、個人的な利得と損失が何であるかをよく理解しているものである。確かに、直接的な利害関係がない人々は、その状況をよく理解していないかもしれないし、利害関係者によるプロパガンダによって惑わされる（状況の正確な理解を妨げられる）ことになるかもしれない。しかしながら、利害関係者によるプロパガンダに惑わされるとすれば、それは、利害関係者が状況をよく理解しているからこそに他ならない。その一方で、ヴィジョンが対立している状況においては、特定のヴィジョンから最も大きな影響を受けている人々は、そのヴィジョンが拠って立つ様々な仮定に最も無自覚であるかもしれない。（特定のヴィジョンから最も大きな影響を受けている）彼/彼女らは、実践的な（"practical"）問題が目前に迫っていたり、何らかの行動を起こすことが求められたり、ヴィジョンに含まれている価値を何が何でも守らなければならない時に、「私が信奉しているヴィジョンが拠って立つ仮定は何だろうか」とじっくりと立ち止まって考えてみることには、あまり関心を持ちそうにない。
ヴィジョンは、人を動かす単なる感情的な衝動（emotional drives）というにとどまらない。ヴィジョンは、極めて強固な論理的一貫性を備えてもいるのである――特定のヴィジョンを信奉している人自身が、そのヴィジョンを支える論理を滅多に探ることがないとしても――。ヴィジョンは、狂信者やイデオローグだけの所有物ではない。人間たるもの、誰もがヴィジョンを抱えている（We all have visions.）。ヴィジョンは、我々の思考を密かに形作っているのである（silent shapers of our thought）。
ヴィジョンは、道徳的な問題と関わりがあるかもしれないし、政治的な問題と関わりがあるかもしれない。はたまた、経済的な問題や宗教的な問題、社会的な問題と関わりがあるかもしれない。どの問題領域においてであれ、我々は、ヴィジョンのために自己犠牲を払う。時に必要とあらば、ヴィジョンに背くよりは、ヴィジョンとともに滅ぶことを選ぶ。異なるヴィジョンの対立が先鋭化する場合には、社会全体がバラバラに分裂することになってしまうかもしれない。物事の短期的な成り行きを左右するのは、利害の対立である。しかしながら、歴史を左右するのは、ヴィジョンの対立なのである。
我々は、ヴィジョンのためであれば、ほとんど何でもするものだ。ヴィジョンについて考えることを除いて。本書の目的は、まさしくヴィジョンについて考えることにある。