僕を困惑させるラインハート=ロゴフ


●Paul Krugman, “Reinhart And Rogoff Are Confusing Me”(Paul Krugman Blog, August 11, 2010)

ラインハートとロゴフ(以下、R-R)がVOXに新しい記事を寄せている。彼らが主張するところでは、この記事の目的は「問題(あるいは主張の意味内容)をハッキリさせる」ことにあるという。しかし、この記事を読んでも僕が常々感じているモヤモヤが晴れたような気はしない。

政府債務と経済成長との関係について調査した彼らのオリジナルの論文では、高水準の政府債務と低成長との間にはっきりとした相関(correlation)が見出せることが述べられている。加えて、彼らは、件のオリジナルの論文において、高水準の政府債務が低成長の原因であるとの因果関係(causal relationship)を主張しているようにも思える。実際のところ、R-Rの論文は、政府債務の対GDP比には90%というレッドライン―危険を承知で越えねばならないレッドライン―が存在することを主張するものとして広く言及されてきている。

僕のような疑い深い人々は、高水準の政府債務と低成長との間の相関から「高水準の政府債務→低成長」との因果関係を読み取ろうとするR-Rの解釈に対してすぐさま次のような疑問を投げかけてきた。R-Rの論文で強調されているアメリカのケースについていうと、政府債務と成長との間に相関が見られるのはすべて戦争直後の時期であって、戦争直後における低成長の原因は(訳者挿入;高水準の政府債務ではなくて)戦後の動員解除(demobilization)にあるんだ、と。また、高水準の政府債務と低成長とが同居する他のケース―例えば、1990年代後半以降の日本―については、おそらく因果の向きは「高水準の政府債務→低成長」ではなくてその逆、つまりは「低成長→高水準の政府債務」だろう、と。

そこで次のような質問が問われることになるだろう。政府債務と成長との間に相関が見られるケースのうち、擬似相関のケースや因果の向きが「低成長→高水準の政府債務」であるケースを除いていった場合に、どれだけのケースが排除されることなく残ることになるだろうか? つまりは、政府債務と成長との間における相関のうち、「高水準の政府債務→低成長」との因果関係が成立すると思われるケースはどれくらいあるのだろうか?

でも、R-Rはこの質問に対して何の反応も示してくれない。R-Rは、平時において高水準の政府債務を抱えた国の事例をまとめた以下のようなリストを提示している。

1920年代ならびに1980年代以降のベルギー
1920年代のフランス
1920年代、1930年代ならびに1990年代以降のギリシャ
1980年代のアイルランド
1990年代のイタリア
20世紀に突入する前後のスペイン
戦間期ならびに1860年代以前のイギリス
過去10年間における日本

僕がこのリストを読み間違えていないとすれば、日本を除いた戦後のケースは―先にも述べたように、日本のケースでは、「低成長→高水準の政府債務」というR-Rが主張するのとは逆向きの因果が働いているように僕には思える―ベルギー、アイルランド、イタリアということになる*1。果たしてこれらのエピソードは、(政府債務の対GDP比)90%というレッドラインを強調する見解を正当化するに十分だろうか?

僕がR-Rに困惑させられていることは他にもある。それは、彼らが主張するところの因果関係(「高水準の政府債務→低成長」)とは逆の因果関係(「低成長→高水準の政府債務」)を取り扱う際のその方法にある。R-Rも「低成長→高水準の政府債務」との因果関係が成り立ち得ることは認めてはいる。でも彼らはこう主張するんだ。必ずしも成長から政府債務への因果が成り立つとは言えない一方で、政府債務から成長への因果は成り立ち得る、と。こういうのを藁人形叩きって言うんじゃないの?

ともかく、僕はこのVOXの記事を読む前と相も変わらず読後の今もR-Rに困惑させられたままの状態だ。今後将来的にアメリカ政府が抱えることになると予想される政府債務が経済成長に対してどのような影響を与えることになるか、といった問題に対してR-Rのデータが一体何を伝えているのか―何かしら伝えることがあるとして―、僕は依然としてわからないままなんだ。

*1:訳者注;ギリシャも当てはまるような・・・