Menzie Chinn 「近隣富裕化政策としての世界同時リフレ 〜回復スピードが二極化する世界におけるリフレーションと支出転換〜」
●Menzie Chinn, “Reflation and Expenditure Switching in a Two Speed World”(Econbrowser, March 25, 2013)
バーナンキがすべてを語ってくれている。
FRB議長であるベン・バーナンキ(Ben Bernanke)が本日(3月25日)LSEで講演を行い、そこで次のように語っている。
大恐慌(Great Depression)に関する現代の研究―その流れを生むきっかけとなったのは、バリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)とジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs)が共同で執筆した1985年の記念碑的な論文です(注6)―は、金本位制からの離脱がもたらした効果に関して私たちの従来の考え方に変更を迫る格好となりました。金本位制から離脱し、その結果として為替が減価したことで一時的に貿易上で有利な立場を手にすることになったケースもあることは確かですが、大恐慌に関する現代の研究によると、金本位制からの離脱に伴う主要な便益は次の点にあることが示されています。それは、各国が自ら適切だと思うやり方で自由に金融緩和を実施できるようになったことにある、ということです。1935年ないしは1936年までに実質的にすべての主要各国が金本位制から離脱し、その結果為替レートが市場で自由に決定されるようになると、為替レートの変化を通じて貿易が刺激される効果は限定されることになりました。しかし、主要各国が金本位制から離脱して以降の世界経済全体のパフォーマンスは1931年よりもずっと好調な状況を記録する結果となりました。その理由は、各国が金本位制の拘束衣を脱ぎ去ったことにより、自国内における完全雇用を達成するためにふさわしいやり方で自由に金融政策を実施することができるようになったからでした。さらには、貿易相手国の景気が上向くことにより輸出の増加というかたちで恩恵が生じた点も重要です。要するに、関税引き上げ競争とは対照的に、1930年代に実施された金融政策を通じたリフレーションはポジティブ・サムの結果をもたらすことになったのです。その結果は、為替レートの変更に伴う貿易転換(純輸出の増加)を通じてではなく、主要各国における国内需要の増加を通じてもたらされたのです。
このことが現在の状況に対して持つ教訓は明らかです。目下のところ、先進国経済の大半はこの度の大不況(Great Recession)から緩やかに回復しつつある途上―その程度は国ごとに違いがありますが―にあります。概してインフレが安定していることを受けて、各国の中央銀行は経済の回復を下支えするために金融緩和策に乗り出していますが、このような状況を指して「通貨切り下げ競争」(competitive devaluations)と呼ぶことは適当でしょうか? 「ノー」でしょう。というのも、先進国経済の大多数で金融緩和策が実施されているので、先進国間での為替レートには劇的かつ持続的な変化が生じることはないと予想されるからです。主要な先進国で実施されている金融緩和策がもたらす便益は、為替レートの変化を通じてもたらされるわけではなく、それぞれの国内の総需要の下支えを通じてもたらされると考えられるのです。さらに、各国の景気が上向くことになれば、それに伴って貿易相手国に(輸出の増加というかたちで;訳者挿入)好ましいスピルオーバーがもたらされることにもなるでしょう。つまりは、現在先進各国が同時に実施している金融緩和策は「近隣窮乏化」("beggar-thy-neighbor")ではなくポジティブ・サムな「近隣富裕化」("enrich-thy-neighbor")をもたらすと考えられるのです。
(注6)Barry Eichengreen and Jeffrey Sachs (1985), "Exchange Rates and Economic Recovery in the 1930s," (Journal of Economic History, vol. 45 (December), pp. 925-46)を参照のこと。
大恐慌当時において固定為替レート(金本位制)がいかに世界経済に好ましからぬ影響をもたらしたかを思い出してもらうためにも、ここで改めてかの有名なアイケングリーンの図―当時の各国経済のパフォーマンスの違いが一目でわかる図―を掲げることにしよう。
(出典)Eichengreen(1992)(pdf)の図5
個人的には支出転換効果*1をもう少し強調したいところだが、現在先進各国で同時に実施されている非伝統的な金融政策はポジティブ・サムの結果をもたらす可能性が高い、というバーナンキの見立てには私も同意である。私の個人的な見解では、各国の中央銀行が為替の減価を歓迎したとしても*2、最終的には好ましい結果がもたらされることになると思われる。それも(少なくとも先進各国間での)名目為替レートにはほとんど変化が生じないとしてもそうなることだろう。リフレーションは物価の上昇をもたらすことになると思われるが、ジェフリー・フリーデン(Jeffry Frieden)やジョシュア・アイゼンマン(Joshua Aizenman)との共同研究を通じてこれまで私自身指摘してきたように、リフレを通じた物価の上昇は大規模な産出ギャップを長らく抱え続けている経済に対して(例えば、債務の実質的な負担を軽くしたり、信用制約を和らげるなどの経路を通じて)好ましい効果を持つことだろう。実際のところ、ここにきてインフレ期待は(ポール・ライアンが恐れるような水準にまでは達していないとしても)わずかながらも上昇しているようである。以下にドイツ銀行の調査結果を掲げておこう。
(出典)Hooper, Mayer, and Spencer, “Staying the Course on a Sea of Central Bank Liquidity,” World Outlook (Deutsche Bank, 22 March 2013) [not online].
以前にも指摘したことだが、あらゆる国でインフレが加速する必要はないだろう。というのも、現在世界経済においては景気回復のスピードの面で二極化が生じており(新興国では急速なスピードで景気回復が進行している一方で、先進国では景気回復のスピードが鈍かったり、あるいは景気回復がまったく生じていないケースもある)、それゆえインフレに伴う便益は地域ごとに違いがあるからである。具体的には、アメリカやユーロ圏、そして特に日本ではインフレの上昇が必要とされていると言えるだろう。さらに、為替レートに関する私の指摘もあらゆる国にあてはまるわけではない。景気回復のスピードの面で二極化が生じていることを考えると、新興国の通貨は増価の方向に、先進国の通貨は減価の方向にそれぞれ向かうのが望ましいと言えるだろう。以下の図にあるように、実際にもある程度そのような方向に向かいつつあるようである(ただし、ユーロに関しては間違った方向に向かいつつあるようだが)。
Figure 1: BISのデータ(Broadベース)をもとに算出した実質実効為替レート(対数値、2010年の実質実効為替レートを0とする);アメリカ(青)、イギリス(赤)、ユーロ(緑)、日本(紫)、中国(オレンジ)このエントリーでも論じたように、日本の為替レート(円)はここのところ大きく下落している。また、イギリスの為替レート(ポンド)も最近になって下落傾向を見せているが、「拡張的な財政緊縮」とやらの効果がまったく生じていないことを考えると、この動きは好ましいことだと言えるだろう。対照的に、中国の為替レート(元)はここのところかなりの増価を見せているが、それにもかかわらず、特に新興国の通貨に対してさらなる調整が依然として必要だと考えられる。
<まとめ>
エントリーの冒頭でも示唆しておいたように、バーナンキが講演の結論で語っていることに私が付け加えるべきことは何もない。
本日の話をまとめるとこういうことになります。目下のところ、先進各国では、自国の景気回復を促し、物価の安定を保つために、適切にも金融緩和策が実施されている最中です。大恐慌に関する現代の研究が明らかにしているように、そのような政策は世界経済全体に(ネットで見て)便益をもたらすことでしょう。先進各国で同時に実施されている金融緩和策をゼロ・サムないしはネガティブ・サムな貿易転換政策と同一視すべきではありません。実のところ、先進各国で同時に実施されている金融緩和策は互いに補強し合う可能性があり、その結果として関係するすべての国に便益をもたらし得るのです。
あえて何か付け加えるとすれば、先進国経済において(中でもユーロ圏において)、金融緩和に向けた行動が今よりももっとずっと積極的に推し進められるべきだ、ということくらいである。