ブランシャール 「複数均衡におけるアナウンスメントの役割 〜「悪い」均衡から「良い」均衡へ〜」
●Olivier Blanchard, “Rethinking Macroeconomic Policy”(iMFdirect, April 29, 2013)より一部抜粋訳。
<その6>目視での航海(Navigating by sight) 複数均衡とコミュニケーション(Multiple equilibria and communication)
複数均衡が成り立つ世界では、アナウンスメントは大きな重要性を持ち得る。例えば、ECBがアナウンスしたOMT(Outright Monetary Transaction;国債買い入れプログラム)のケースを考えてみてほしい。このプログラムのアナウンスメントは、ソブリン債市場において複数均衡の発生につながる源泉の一つを取り除く効果を持ったと解釈することができる。つまりは、コンバーティビリティ・リスク−投資家が「ユーロ圏周辺国はユーロから離脱するに違いない」と考えて、それら各国政府が発行する国債の購入に際してプレミアムの上乗せを要求し、その結果としてユーロ圏周辺国が実際にもユーロからの離脱を強いられることになる危険性−の除去に成功したと考えられるのである。それも実際にプログラムを実行に移す必要もなく、プログラムのアナウンスメントを通じてそのような効果が生じたのである。
この観点からすると、つい最近日本銀行が発表したアナウンスメントはなおいっそう興味深い。そのアナウンスによると、今後日本銀行はマネタリーベースを2倍に拡大する予定とのことだが、この政策がインフレに対してどの程度効果を持つかは、(この政策の結果として)家計や企業が抱くインフレ期待がどのように変化するかに大きく依存することだろう。仮にインフレ期待が上昇することになれば、家計や企業による賃金や価格の決定に影響が及び、その結果としてインフレの上昇につながることだろう。インフレの上昇はデフレ下にある日本においては望ましい結果である。一方で、インフレ期待の上昇につながらなければ、インフレが大きく上昇すると考えるに足る理由はないことになろう。
それゆえ、この劇的な金融緩和に向けた動きを支える主たる動機は、心理的なショックを与え、人々の認識と価格決定のダイナミックスにシフトを生じさせることにある、ということになろう。今回の日銀の決定は−日本の政府当局が実施するその他の政策と相伴うことで−うまく機能するだろうか? そうなることを祈ろう。しかし、(仮に日銀の政策が効果を持ったとしても)教科書で説明されているような機械的なかたちで効果を持つわけではないだろう。