公平賃金仮説文献目録

田中秀臣(1998)「高田保馬とJ. M. ケインズ」(上武大学商学部紀要9巻2号)

田中秀臣(1998)「高田保馬の勢力経済学論争」(同10巻1号)

根岸隆(1994),“Bohm-Bawerk and Shibata on Power or Market”, Discussion Paper Series(青山学院大学国際政治経済学会発行)

根岸隆(1998),“General equilibrium theory and beyond: Yasuma Takata and Kei Shibata” (杉原四郎・田中敏弘編,Economic Thought and Modernization in Japan (Edward Elgar Publishing)に所収(chapter6)/Discussion Paper Series(青山学院大学国際政治経済学会;1996年10月)にも同名の論文所収)

根岸隆(2001),“Shibata on Power or Market: A Supplementary Note”, 青山国際政経論集第53号, pp.211-218

林敏彦著(1989)『需要と供給の世界』(改訂版), 日本評論社

ヒックス著/内田忠寿訳(1965)『賃金の理論』(新版), 東洋経済新報社

ヒックス著/早坂忠訳(1977)『ケインズ経済学の危機』, ダイヤモンド社

ヒックス著/貝塚啓明訳(1985)『経済学の思考法』, 岩波書店

ヒックス著/花輪俊哉・小川英治訳(1993)『貨幣と市場経済』, 東洋経済新報社

George Akerlof & Janet Yellen(1990), “The Fair Wage-Effort Hypothesis and Unemployment”,The Quarterly Journal of Economics, MIT Press, vol. 105(2), pages 255-83

George Akerlof & Janet Yellen(2000),“Near Rational Wage and Price Setting and the Optimal Rates of Inflation and Unemployment(pdf)”, Brookings Papers on Economic Activity, 1

Robert Solow(1990),The Labor Market As a Social Institution, Blackwell Publishers

Frank Hahn and Robert Solow (1997),A Critical Essay on Modern Macroeconomic Theory(Reprint版), MIT Press

Jorgen Weibull(1987),“Persistent Unemployment as Subgame Perfect Equilibrium”, Seminar Paper No.381 of the Institute for International Economic Studies, Stockholm, May

Avner Shaked and John Sutton(1984),“Involuntary Unemployment as a Perfect Equilibrium in a Bargaining Model”, Econometrica(K. Binmore and P. Dasgupta(1987), The Economics of Bargaining所収, Blackwell Publishers)

T.J.Palley(1995),“Labor Market,Unemployment,and Minimum Wage:A New View”, Eastern Economic Journal 21(Thomas Palleyのblog;http://www.thomaspalley.com/

Serge Kolm(1990),“Employment and Fiscal Policies with the realistic view of the social role of wage”(Paul Champsaur編 (1991),Essays in Honor of Edmond Malinvaud;Macroeconomics(vol.2)所収, MIT Press, pp.226-286

Truman F. Bewley(1997),“Why Not Cut Pay? ”, COWLES FOUNDATION DISCUSSION PAPER NO. 1167

Truman F. Bewley(1999),“Work Motivation(pdf)”, Presented at “Labor Markets and Macroeconomics: Microeconomic Perspectives”, a conference held at the Federal Reserve Bank of St. Louis, October 22–23, 1998

Truman F. Bewley(2002),“Fairness, Reciprocity, and Wage Regidity”, COWLES FOUNDATION DISCUSSION PAPER NO. 1383                                 

(Bewleyの上掲3論文はCowles FoundationのHPより(http://cowles.econ.yale.edu/P/au/d_b.htm#Bewley,%20Truman%20F.)。フランク・ナイトについての論文もあり)

Truman F. Bewley(1999),Why Wages Don't Fall During a Recession, Harvard University Press

Jean-Pierre Danthine and André Kurmann(2004),“Fair Wages in a New Keynesian Model of the Business Cycle(pdf)”, Review of Economic Dynamics, vol. 7, pp.107-14

Presented by 韓流好きなリフレ派先生

公平賃金仮説文献目録 〜その2〜

公平賃金仮説というか、アカロフ・中谷命題というか、(ある正のインフレ率の範囲内において)負の勾配をもつ長期フィリップスカーブについてというか、・・・とにかくウェブ上で読める(先の3つの議論に関係する)論文を集めてみました(もちろん全部読ん・・・ではおりませぬ。気長にいこうかと)。全部pdf版です。前半(Holden除く)中盤は実証(各国における長期フィリップスカーブのリサーチ)に、後半は理論に重きを置いた論文となっております。アカロフからはじめてトービンで終わらせてみました。見落としている論文もあるかと思います。情報は随時募集しておりますm()m。

George A. Akerlof, William T. Dickens and George L. Perry(2001),“Options for Stabilization Policy: A New Analysis of Choices Confronting the Fed

Pierre Fortin, George A. Akerlof, William T. Dickens and George L. Perry(2002),“Inflation and Unemployment in the U.S. and Canada: A Common Framework

Steinar Holden(2002),“Downward nominal wage rigidity - contracts or fairness considerations

Steinar Holden(2002),“The costs of price stability - downward nominal wage rigidity in Europe

Steinar Holden(2004),Wage formation under low inflation

Steinar Holden and John C. Driscoll(2002),“Coordination, Fair Treatment and Inflation Persistence

Steinar Holden and John C. Driscoll(2003),“Fairness and Inflation Persistence

Steinar Holden and Tore Ellingsen(2002),“Indebtedness and Unemployment: A Durable Relationship

Steinar Holden and Fredrik Wulfsberg(2005),“Downward nominal wage rigidity in the OECD

Stephen Nickell and Glenda Quintini(2001),“Nominal Wage Rigidity and the Rate of Inflation

Francesco Devicienti(2003),“Downward Nominal Wage Rigidity in Italy: Evidence and Consequences

Ernst Fehr and Lorenz Goette(2003),“Robustness and Real Consequences of Nominal Wage Rigidity

Jonas Agell and Per Lundborg(1999),“Survey evidence on wage rigidity and unemployment: Sweden in the 1990s

Per Lundborg and Hans Sacklen(2001),“Is There a Long Run Unemployment-Inflation Trade-off in Sweden?

Christoph Knoppik and Thomas Beissinger(2001),“How Rigid are Nominal Wages? Evidence and Implications for Germany

Christoph Knoppik and Thomas Beissinger(2005),“Downward Nominal Wage Rigidity in Europe: An Analysis of European Micro Data from the ECHP 1994-2001

Charles Wyplosz(2001),“Do We Know How Low Should Inflation Be?

Günter Coenen(2003),“Downward nominal wage rigidity and the long-run Phillips curve - simultation-based evidence for the euro area

Marika Karanassou, Hector Sala and Dennis J. Snower(2003),“The European Phillips Curve: Does the NAIRU Exist?

Seamus Hogan(1997),“What Does Downward Nominal-Wage Rigidity Imply for Monetary Policy?

Allan Crawford and Seamus Hogan(1999),“Downward wage rigidity

Jean Farès and Thomas Lemieux(2001),“Downward Nominal-Wage Rigidity: A Critical Assessment and Some New Evidence for Canada

Jacqueline Dwyer and Kenneth Leong(2000),“Nominal Wge Rigitity in Australia

黒田祥子/山本勲(2003),“名目賃金の下方硬直性が失業率に与える影響― マクロ・モデルのシミュレーションによる検証 ―(英訳版;The Impact of Downward Nominal Wage Rigidity on the Unemployment Rate: Quantitative Evidence from Japan

Allan Crawford and Alan Harrison(1997),“Testing for Downward Rigidity in Nominal Wage Rates

Marika Karanassou, Hector Sala, and Dennis J. Snower(2003),“A Reappraisal of the Inflation-Unemployment Tradeoff

Kenneth J. McLaughlin(2000),“Asymmetric Wage Changes and Downward Nominal Wage Rigidity

Michael B. Devereux and James Yetman(2001),“Menu Costs and the Long-Run Output-Inflation Trade-off

Wai-Yip Alex Ho and James Yetman(2005),“The Long-Run Output-Inflation Trade-off in the Presence of Menu Costs

Thomas I. Palley(2003),“The Backward-Bending Phillips Curve and the Minimum Unemployment Rate of Inflation: Wage Adjustment with Opportunistic Firms

Peter Howitt(2002),“Looking Inside the Labor Market: A Review Article

The Swedish Labour Market,“Causes of Rigidity in Nominal Wages

James Tobin(1972),“Inflation and Unemployment”(American Economic Review, 62)

公平賃金仮説をたずねて

大部分の労働市場、そしてすべてのかなり重要な労働市場は、規則的である(=長期的、継続的な関係の上に成立している、という意味;引用者注)。さて、規則的雇用においては、単に効率という点からいっても、雇用者と被雇用者との双方が、両者の関係になにがしかの持続性を期待しうることが必要である。・・・雇用関係が満足のいくものでないかぎり、ないし少なくともそこにある程度の満足がないかぎり、そのような信頼関係は存在しえないであろう。したがって、効率のためには、賃金契約がどちらの側からも、だが特に労働者によって、公平(fair)だと感じられることが必要なのである。

公平とはいったい何なのであろうか。・・・必要なことは、第三者、ないし裁定者が一般的諸原則を適用して、公平な賃金を規定するということではない。必要なことは、労働者自身が自分は公平に遇されていると感じていることである。・・・Aは、(自分よりも価値があると自分が思わない)Bが自分よりもより高い賃金を得るのは不公平だ、と言う。しかし、より高い賃金を得ているBもまた、Aの賃金が自分の賃金よりも速く上がれば、それは不公平だと考えるかもしれない。Cは、もし彼の雇用者が大きな利益をあげたのに自分の賃金を上げてくれなければ、それは不公平だと感じる。しかし、もしCの雇用者がCの賃金を上げれば、(自分たちの雇用者がそのような大きな利益をあげてはいない)他の人びとは、それを不公平と考えるであろう。もし物価が上昇しているのに賃金がそれと同一比率で上昇しなければ、それは不公平だと感じられる。しかし、賃金が物価より速く上昇しても、一、二年前と同一の速さで上昇しなければ、これまた不公平と感じられる。・・・提起される公平性に対する諸要求のすべてを満足させるような賃金体系などというものは、まったく達成不可能なのである。いったん疑問がもたれだせば、いかなる賃金体系といえども、公平だなどということには決してならないであろう。・・・過去においてわれわれが、現にそうだったように、ともかくもなんとかやってきたのは、どのようにしてなのであろうか。それは、ただ単に賃金体系というものがこれまであまり疑問視されてこなかったからである。・・・そのような情況が起こるためには、賃金体系が十分に確立されており、その結果それが慣習的是認を得ていることが必要である。そうすれば、それは、期待されているようなものになる。そして(明らかに低水準の公平性ではあるけれども)期待されているようなものは、公平なのである。(『ケインズ経済学の危機』、p89〜91)

公平賃金仮説をたずねて(補足)

ちょっとばかり余計な補足をば。

(相対)賃金体系が公平であると感じられるためには慣習的な是認を得ている必要がある、とのことですが、これは長期間にわたる物価安定が実現されている(ないしは安定したマクロ経済環境が維持される)状況において公平な賃金体系の確立が可能になる、と言い換えてもよいかと思われます。好況と不況の振幅が大きい不安定な景気変動は循環過敏的(cycle-sensitive)な業種の賃金変動を大きくすることにより、公平であるとみなされていた(相対)賃金体系を覆してしまう危険性を有します。ブームが長引けば、循環過敏的な産業で始まった賃金上昇は(高賃金を求めて非拡張的産業から拡張する産業へと)労働移動を惹起することによって(労働不足に直面するために)非拡張産業にまで波及し、非拡張的産業(特に賃金の上昇が波及していない部門の)の労働者たちは「自分たちは取り残されている」と感じるために賃金引き上げを要求するようになります。上昇してゆく賃金に自分たちの賃金を「追いつかせようとする」圧力は、「よき労資関係」を維持しようと心がける雇用者に賃上げを容認させ、結果として労働不足に加えて不公平のために賃金が上昇してゆく状況が一般的なものとなります。一度公平な賃金体系が覆されてしまうと労働が不足していようがいまいが、不公平感を和らげようとする社会的圧力(「すべてひとが、なにやかやと比較して、自分は取り残されていると感じる」)によって賃金は上昇してしまうのです(ヒックスは1960年代後半〜70年代前半当時のスタグフレーション(正確にはスタグフレーションという言葉が生まれる直前の時期)を念頭において議論を展開している。詳しいことは別の機会に言及するかもしれないが、「賃金プッシュ」がインフレを生んだ、という単純な関係を想定しているわけではない。以前取り上げたDeLongの議論と非常に似通った問題意識を有しており、過度の景気刺激策(←ケインズ理論の影響によって政策の優先性の順序が(価格・賃金の安定性から雇用の維持へと)変わってしまったためである)こそが元凶であると考えている)。

公正な賃金体系にも問題は存在します。確立された公平賃金体系は賃金の粘着性を生むからです。雇用者は労働力が不足したからといって賃金を引き上げるようなことはしません。安易に賃金を引き上げてしまえば、長い時間を経て確立された賃金格差を覆してしまうからです(確立されたものが一度破壊されれば、上述したように公平を求める社会的圧力を生み出すことになってしまいます)。また、失業が存在していても雇用者は賃金を引き下げようとはしません。「賃金を切り下げれば、雇用者は引き続き雇用している人びとと疎遠になってしまうから」です。

賃金の「粘着性」は「貨幣錯覚」と関係する問題ではない。それは連続性と関わる問題なのである。もちろんそれは、労働組合の標準賃金(standard rates)によって強化されるだろう。しかし、たとえ労働組合の圧力がなくとも、同一方向への傾向が存在するはずである。(『ケインズ経済学の危機』、p92)

(個別企業の観点からばかりではなく社会全体(他企業・他産業との賃金格差を維持しようとするわけであるから)を見渡した上での)現存の労資関係を円滑にせんとする努力は失業者に対する逆風となります。賃金が粘着的になる(この場合は下方硬直的になる)ことによって(雇用者は「引き続き雇用している人びと」に配慮して賃下げに躊躇するからです)、失業者がヨリ低い賃金で働く意思を有していても職を獲得できるわけでは必ずしもないからです。労資間で共有される公平(fair)の感情は失業者の犠牲の上に成り立っている、とも言いうるわけです。

インフレによる損失

現実には個々の貨幣賃金の下落をもたらすことなしに、たとえば(効率性の観点から望ましいと思われる)相対賃金の変化を容易にするという点で、低率のインフレーションは、少なくとも時には実際に長所をもつことさえも認めうる。しかし、この長所自身も、それが長所であるのは、貨幣価値に対するある種の信頼に依存している。重要なのは低いインフレ率であるということである。インフレーションが目立つ程度になってくると、ここですでに説明したような効果によって長所は圧倒されるに違いない。(『経済学の思考法』(第?章 予想されたインフレーション)、p151)

穏やかなインフレ率=相対賃金の調整を容易にするという議論はアカロフ命題<パート1>と軌を一にするものである。穏やかなインフレ率は効率性の観点から見て望ましい。しかしながら、インフレ率(予想されたもの/予想されざるものにかかわらず)が高率になるにつれ、経済的な損失が徐々に顕著なものとなってくる。高率のインフレーション(特にハイパーインフレーションの場合)により、「貨幣は価値の貯蓄手段としての機能を失い、資源をやむを得ずより不便な形で保有することによって、他の方法で「便宜と安全」への必要性を充たさざるをえなくなる」。価値貯蔵手段として新たな資源を探索することは、非生産的な活動に時間を浪費することを意味し、その結果として経済の効率性を低めざるをえないであろう。また、頻繁に価格を改定せざるをえない高率のインフレーションのもとでは、価格が充たすべき二つの基準―経済効率と公正さの基準―のうち後者の基準を満足することが困難であるために「平静さを害する損失」を招くことになる。すなわち、

不完全な市場では、価格は「契約される」・・・。もし慣例が大いに利用しうるのであれば、すなわち、以前受け入れられたことは再び受け入れられるという仮定で出発しうるならば、(それが公正であるがゆえに)関係する当事者にとって満足しうるように価格を決めるのが、はるかに容易である。・・・持続的なインフレーションの下で行わなければならないように価格を新しくつけかえ、絶えず新しくつけかえ続けることは、損失、直接的な経済的損失と(きわめてしばしば)平静さを害する損失とをまねく。(同上、p150〜151)

価格が公正である(と認識される)ためには、その価格が慣習的是認を受けている必要がある。しかし、高率のインフレーションの下では価格が頻繁に変更されるために慣習的是認を獲得するだけの十分な時間的余裕が存在しない。高率のインフレーション下では公正な価格体系を確立することは困難な作業であり、公正な価格体系の確立に失敗することは労働者のモラル低下等による経済効率の低下につながる可能性が大きい(これこれも参照のこと)。

インフレ率が高率になることによって生じる経済的損失としてはもう一点考え得る。

「特定の時点において」、企業活動のバランス・シートを吟味するならば、資産のなかに利子を生まない貨幣のみならず、利子が支払われないような債務〔証書〕が存在していることに気がつく。・・・継続的な顧客が負う債務は、それだけ切り離してみられない。それは、顧客と売り手にとって好都合なやり方で維持するのが両者にとって利益が生ずる継続的な関係の一部である。・・・(すでにみたように安定的なインフレーションにおいて生ずるに違いない)高い名目利子率の下では、無利子の債務に含まれる利子の損失を大きくする。そうでなければ債務者にかける必要のなかった圧力をかけ、債務を早く返済させるよう労を惜しまないことが引き合うようになる。このような圧力をかけることは、労働時間で測りうる実質的な損失である。

・・・もしインフレーションが非常に穏やかな率以上ではあるが一定に保たれるとするならば、金融引締めに似たことが例外的ではなく絶えず生じていることを示しているように思われる。(同上、p152〜153)

インフレ率が穏やかな範囲にあるときには相対賃金の調整が容易になることから経済効率が高まることになる。しかしながら、インフレ率が上昇するにつれて経済的な損失が頭をもたげだし、経済効率にネガティブな影響を及ぼすようになる。経済効率と(自然)失業率の間に1対1のパラレルな関係(経済効率の悪化=(自然)失業率の上昇)を想定しうるかどうかには慎重であらねばならないが、ヒックスのこの議論は後方屈折型の長期フィリップス・カーブの存在を指摘するアカロフ・中谷命題と補完的なものとして捉え得るのではないだろうか。

慣習の力

間宮陽介著『モラル・サイエンスとしての経済学』より、公平賃金仮説に関連する箇所を少しばかり引用。

少なくとも短期的に見た場合、現実の貨幣価格を安定化させるのは習慣(habit)の力をおいてほかはない、と彼(=H・タウンシェンド)はいう。・・・「正常性」あるいは「適宜性」という慣習的な観念が貨幣賃金水準や貨幣債務の契約価格水準に関して広くいきわたっており、このような観念が価格の変動幅をある枠の中に抑える傾向を生み出す。・・・(貨幣賃金の引き上げ、引き下げに抵抗があるのは)雇用主と被用者の双方に根強くいきわたっている現実の慣習に基づいているのである。貨幣賃金の急激な変化は好ましからざることだと考えられており、それが慣習的な基準からあまりにもかけはなれたものになれば、それは雇用主と被用者のいずれの側からみても何らかの意味で“不公平”なのである。(p81)

公正観念や慣習などの社会的要因が賃金や価格に硬直化の傾向を与えるのである。・・・貨幣の価値を安定化させる契機・・・となるのが公正観念や慣習といった要因であり、これらは貨幣賃金や貨幣価格に反映され、そのことを通じて貨幣は自己の価値を安定に保つ。(p101)

公平賃金仮説をたずねて 〜その2〜

George A. Akerlof, William T. Dickens, and George L. Perry、“Low Inflation or No Inflation: Should the Federal Reserve Pursue Complete Price Stability?”(August 1996;The Brookings Institutions HPより)。公平賃金仮説かつアカロフ中谷巌命題(田中先生命名)巡りの一環として読んでみました。

自然失業率はユニークなものでもコンスタントなものでもなく、インフレ率に依存して複数の自然失業率が存在するかもしれない。自然失業率はrealな条件ばかりではなく、nominalな条件(インフレ率)にも影響を受けるかもしれない(ちょっと違った観点から同様の点を論じたものとして以下も参照のこと。 “Near Rational Wage and Price Setting and the Long Run Phillips”。全文は確かアカロフのHPで読めたはず。あった。“Near-Rational Wage and Price Setting and the Optimal Rates of Inflation and Unemployment(pdf)”。公平賃金仮説文献目録に掲げてるじゃないの。本当に忘れっぽいの〜)。デフレ、そしてゼロインフレ(ないしはあまりにも低いインフレ率)は名目賃金の下方硬直性が足かせとなることによって失業率の高止まり(自然失業率の上昇)を結果することになるであろう。“物価安定”を追求するうえでは、ゼロインフレではなく(もちろんデフレであろうはずもなく)緩やかな(ゼロ%よりも高い)インフレ率を目標とすべきである。

The reason that zero inflation creates such large costs to the economy is that firms are reluctant to cut wages. In both good times and bad, some firms and industries do better than others. Wages need to adjust to accommodate these differences in economic fortunes. In times of moderate inflation and productivity growth, relative wages can easily adjust. The unlucky firms can raise the wages they pay by less than the average, while the lucky firms can give above-average increases. However, if productivity growth is low (as it has been since the early 1970s in the United States) and there is no inflation, firms that need to cut their relative wages can do so only by cutting the money wages of their employees.

相対的な(他企業と比較しての)実質賃金の調整を行ううえでゼロインフレは大きな困難を伴う。名目賃金が下方硬直的であるために実質賃金を引き下げようがないからである。インフレ率がプラスの範囲で推移していれば、名目賃金を据え置くことで(また物価上昇率以下に名目賃金の上昇率を抑えることによっても)実質賃金の引き下げを実現できる。この時名目賃金の下方硬直性は問題にならない。しかしながら、ゼロインフレ下において実質賃金を引き下げるためには名目賃金を引き下げざるを得ない。が、名目賃金を引き下げることは叶わぬ相談である。ゼロインフレは名目賃金の下方硬直性とぶつかることで実質賃金の高止まりを放置し(デフレ下では名目賃金の据え置きは実質賃金を上昇させ続けることになる)、その結果として雇用の抑制そして失業率の高止まり(自然失業率の上昇)を導く格好となってしまう。

ところで何故名目賃金は下方硬直的なのか?

Employers almost never cut their employees' wages because they fear that doing so would cause serious morale and staff retention problems. Studies of popular sentiment suggest why. Most people consider it unfair for a firm to cut wages, except in extreme circumstances. On the other hand, most do not consider it unfair if a firm fails to raise wages in the face of high inflation.

名目賃金のカットは従業員によって不公平(unfair)だとみなされ、その結果serious morale and staff retention problemsを引き起こすために、雇用者は例外的な状況を除いては名目賃金を引き下げようとはしない。ただし、すべての賃金引き下げが不公平だとみなされるわけではない。名目賃金上昇率がインフレ率以下であるために実質賃金が下落したとしても、(不公平感からくる)従業員のモラルの低下や離職行動を惹起するわけではないのである(←名目賃金をカットしないでもいいから)。公平観念(fair)は名目賃金を下方硬直的にするけれども、実質賃金までをも下方硬直的にするわけではない。ゼロインフレ(+デフレ)の問題は名目賃金・実質賃金を双方ともに下方硬直的にすることにある。

Zero inflation is far from costless, even in the long run. The fortunes of firms continually change, and inflation greases the economy's wheels by allowing these firms to slowly escape from paying real wages that are too high without actually cutting the wages they pay. This adjustment mechanism allows the economy to avoid a large employment cost. At very low rates of inflation and productivity growth, such adjustments are short circuited, and employment suffers.

インフレーションは名目賃金のカットなしに(そして従業員の公平感を損なうことなしに)実質賃金の引き下げを可能とする条件を整え、高過ぎる実質賃金支払いに頭を悩ます企業に実質賃金調整の余地を与える。低すぎるインフレ率は実質賃金引下げの手段を剥奪し、賃金調整機能を麻痺させることで失業率を高める結果となる。ゼロインフレを目標とするディスインフレ政策はその過程で一時的に失業率を高めるにとどまらず、長期的にも(ゼロインフレを維持することは)失業率を高止まりさせる(自然失業率を高める)ことになるわけである。

自然失業率の成長循環仮説

アカロフ中谷巌命題(=長期的にも(あるレンジの範囲内であれば)インフレと失業率のトレードオフ(=右下がりのフィリップスカーブ)が存在する)について田中先生より頂戴しました貴重なコメントを改めてエントリーさせていただきます(二度目になりますか)。以下田中先生コメント(に少しばかり編集を加えたもの)。

アカロフ中谷巌命題をかりにフォーマルなモデルにするにはどうすればいいかちょっとあくまでもネタ的に考えてみたんだけど、彼らの発想を自然失業率の「成長循環」と考えるのはどうかな、と思ってるのよ。特に中谷巌モデルのミクロ的基礎づけとして考えていくといいわけで、彼の『マクロ経済学入門』の当該箇所(経済セミナーの方は未見)の自然失業率が金融政策に影響されますよ、という図表をみると自然失業率事態が一種の循環図みたいに描かれている。ネタとして追求していくので、例えばこの図はすぐにピピピとヒックシアン的に『景気循環論』の図に近いものを感じるし、よりストレートには捕食者・被捕食者(労働者と資本家)の成長循環論を描いたグッドウィンのモデルの循環図を想起させない? グッドウィンの成長循環モデルの基本構造を理解して、アカロフ中谷巌命題をそこにリロードしていくという方向で考えてみると面白いかも。自然失業率の成長循環仮説というのはどうかな。ヨーロッパのいくつかの国に適合するし(ブランシャールの最近のヨーロッパの雇用問題論文参照http://www.arts.cornell.edu/econ/seminars/blanchard.pap.pdf 簡略版;http://econ-www.mit.edu/faculty/download_pdf.php?id=932)。

グッドウィンの成長循環モデルは

A Growth Cycle, 1967, in Feinstein, editor, Socialism, Capitalism and Economic Growth

翻訳があったはず(これ(『非線形経済動学』)だと思われます。未確認ですけど(編集者))。簡単な解説は下。

http://cepa.newschool.edu/~het/essays/multacc/goodw2.htm                       

*直接関係ないかどうか全然考えてないけれども成長循環的モデルとしては清滝・ムーアモデルなんかも同じ構造。『現代の経済理論』を参照。

ここらへんまでは真の師匠のところでアイディアだけは用意してたけど先にいかなかったなあ。見込みある方向かどうかわからないけれどもネタなんで暴走。笑

捕食者・被捕食者モデルの原型はLotka-Volterra モデルだからこれの数学的な構造を理解するには、僕は『力学系入門』を使いました。もちろんこれにアカロフ中谷巌命題をリロードしようなんて発想は当時はなかったわけで。公平賃金仮説というか高田保馬の勢力理論の基礎をどうするかの延長で考えていただけでして。

あとそんなにいい本じゃないけどチープなりに初期のこの手の景気循環論のサーベイとしては、マリーノーの『ケインズ以後の景気循環論』がいいっす。

なんとかミクロ的基礎がある自然失業率の成長循環仮説をモデル化できないかなあ。いま書き下ろし(しかも一ヶ月で書く!)を抱えているのであまり余裕がないのでよろすく!

最後の一文が一体何を意味しているのかは皆目見当がつきませんけれども(笑 ・・・・、田中先生誠にありがとうございましたm()m。

新しく「アカロフ・中谷命題」なるカテゴリー(「自然失業率の成長循環仮説」や「アカロフ・中谷・グッドウィン・ヒックス命題」としたいところですが長すぎますので)を設けましたけれども、あくまでもネタ(笑)なんで今後進展があるかもしれないし、これが最後のエントリーになるかもしれません。ひとまずマリーノー本(手配済み)読んでグッドウィンの成長循環モデルの枠組みでも概観しとこうかと(グッドウィン本ももちろん読みますが)。浅田統一郎先生の本も読んで勉強しようかな。あくまでネタですからね、ネタ・・・。