非効率なナッシュ均衡に陥った日本経済


藪下史郎著『非対称情報の経済学』(光文社新書、2002年)を再読。


非対称情報の経済学―スティグリッツと新しい経済学 (光文社新書)

非対称情報の経済学―スティグリッツと新しい経済学 (光文社新書)


情報の非対称性が引き起こす問題―逆選択やモラハザード―について、著者が大学院生時代に師事したスティグリッツの経歴を交えつつ、実にわかりやすく丁寧な説明がなされている。新味が無いといえばそういえなくもないけれども(経済学になじみの薄い一般ビジネスマンや大学一年生を対象とした「通勤電車の中でも手軽に読める」入門書、と位置付けてるんだから仕方ないか)興味深い指摘も散見される。一つだけ引用。

アダム・スミス以来経済学では、経済発展のためには分業が重要な役割を果たしているということを指摘してきた。・・・交換経済のためには分業が行われ、各人が専門分野に特化することによって、生産性を高めた・・・しかし特化は、自分の専門分野だけの生産に従事することであるため、その分野についてはより詳しく知ることができるが、それ以外の分野については情報を得る機会が少なくなる。多くの人々は、専門または自らが生産過程に従事している分野についは多くの情報を持つが、それ以外の分野については情報を持たなくなる。すなわち、経済発展に伴って必然的に非対称情報が生まれるのである。(p82)


最終章の7章では低迷する日本のマクロ経済の問題が取り上げられている。本書の中で私が最も関心を引かれた個所である。「規制緩和構造改革などは長期的に経済効率を高める上で必要不可欠であったとしても、失業率のような短期的問題の解決には有効でな(い)」、「貨幣金融部門から実物経済への影響だけでなく、実物部門での企業経営が悪化することが、銀行に不良債権を生み出し金融システムを不安定化するという、逆方向への関連が重要であることが分かる」、「不安定な金融システムと実物部門でのデフレや失業問題は、総需要不足だけでなく、さまざまな市場機能の不完全性が複雑に絡み合って生じているため、・・・単に財政政策か金融政策か、またマクロ政策かミクロ政策か、という二者択一的な問題ではなく、それらを総合的かつ有機的に用いる必要がある」。

「総合的かつ有機的」な政策対応が求められているにもかかわらず、民間部門と政策当局を含む日本経済全体は非効率的なナッシュ均衡状態にあるという。財務省は累積する赤字に、日銀は将来のインフレに、それぞれ懸念を抱き単独での景気刺激策に乗り出すことに躊躇する。自己資本の減少を防ごうとする結果、銀行は不況下での不良債権処理には乗り気でない(新たな不良債権を生むだけ)。不確実な将来に備え、企業部門は積極的な投資を控え、家計部門は消費よりも貯蓄を優先する。他の経済主体の行動を所与とする限り、危険回避的な行動をとり続けることが各人にとっては最適な反応となる。結果として経済全体としては非効率な状態はいつまでも続き、不況から抜け出す兆しはなかなか見えてこない。

「日本経済が陥っている非効率なナッシュ均衡的現状から脱却し、素早い景気回復を実現するためには、積極的かつ総合的経済政策を迅速に実行する力強い政治力が不可欠である」(p233)んだけども、莫大な政治的エネルギーは郵政民営化に注がれ続けているわけで・・・。