「外からのレジーム転換」と「内からのレジーム転換」


このブログでも以前一度だけ登場したことのある知人と昨日久しぶりに会ってランチ。その時の会話の様子を再現してみる(といっても、彼が一方的に喋っていたわけだけど)。

ベックワースの「マネタリー・スーパーパワー仮説」(http://d.hatena.ne.jp/Hicksian/20121201#p1)だっけ? あれ面白い話だよね。あの話から色んな政策的含意を引き出すことができるかもしれないよね。

例えば、こういった指摘がなされているよね。

「昭和恐慌」という「金本位制の足かせ」を起因とする経済停滞からの脱出は、「金本位制の放棄」と「日本銀行国債引き受け」を象徴とする金融緩和という、「二段階の政策レジームの転換」によって成し遂げられました。

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ただし前述のエコノミスト高橋亀吉は、高橋蔵相による一連のリフレ的政策の採用は、必ずしも本人の意思ではなく、むしろ不況の深刻化と軍部の不満という「環境悪化そのものの圧力で、余儀なく、結果的に達成されることになった次第」であり、「政府がイヤイヤやったリフレーション政策」であると、著書『私の実践経済学』で厳しく評価しています。

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世界のどの国よりも早く日本を大恐慌から脱出させた高橋財政ですが、実際には「デフレからの脱出」という目的意識を持ってリフレ政策を行ったのではなく、5・15事件後の軍部の圧力によって軍事予算の拡大と赤字国債の増発を余儀なくされ、その国債を市中で売却することによる国債需給の悪化と長期金利への悪影響を懸念して、やむなく日銀引き受けを選択した、ということだったのかもしれません。

以上、田中秀臣著『デフレ不況 日本銀行の大罪』(朝日新聞出版、2010年), pp.125〜127より引用だよね。

あと他にもこんな指摘があったりするよね。

しかしながら、この当時の経緯を通貨切り下げ競争と呼ぶのは間違っている。1930年代当時、各国は自国の輸出産業の優位を打ち立てようとの意図のもとに通貨切り下げに臨んだわけではなかったのである。その代わり、各国は自国通貨に対する売り圧力に対して金利を引き上げたり他国の中央銀行から緊急の準備を借り入れたりするなどして通貨の減価を防ごうと懸命に試みたのである。(自国通貨売りが進む中で)金が大量に流出したことを受けて、最終的に大半の国は通貨の減価を受け入れるか、あるいは金ならびに外貨準備のさらなる流出を防ぐために為替管理を課すに至ったのである。
例えば、イングランド銀行は1931年9月に金本位制を停止する決定を下し、ポンドの減価(ポンド安)を受け入れたが、この決定は世界市場におけるイギリスの輸出産業の優位を打ち立てようと(イギリスからの輸出を促進しようと)意図してなされたわけではなかった。むしろ、現実には、イングランド銀行は何週間にもわたってポンド売り圧力に対抗したが、最終的にはこの戦いは負け戦だと観念したのであった。つまりは、政府当局は平価(金とポンドとの交換レート)を維持するためにこれ以上金や外貨準備を流出させたくなかったのである。
通貨の減価を防ぐべくイギリスが見せた抵抗は他の国々においても同様に観察された。実際のところ、1930年代において各国は通貨切り下げ競争に踏み切ったという話は間違っているのである。

以上、Douglas A. Irwin, “Esprit de Currency”(Finance & Development, June 2011, Vol. 48(2))(の「Wrong lessons」節の一部)より引用だよね。

イギリス等が金本位制から離脱して為替レートの変動(特に為替安)を受け入れたのは、(他国の犠牲の下で)自国の輸出を刺激しようとの狙いから、というわけではなくて、このまま平価を維持しようとすればさらに金が自国の外に流出していってしまう→そんなの嫌だ→金本位制の停止、っていうわけだよね。

マクロ経済を好転させようとの「意図」のもとに実施されたわけではないけれど、「結果」的にはマクロ経済の好転につながった、というわけだよね。いわゆる「意図せざる結果」というやつだよね。

さて、ベックワースの「マネタリー・スーパーパワー仮説」の政策的含意って話だね。

例えば、マネタリー・スーパーパワーたるFedが行動を起こすことで日本でも「イヤイヤながらのリフレ政策」「イヤイヤながらのレジーム転換」が生じる可能性があるかもしれないよね。

Fedによるレジーム転換(例えば、NGDP水準目標の採用)がドミノ的に他の国にも波及していく、ってことだね。レジーム転換のドミノ倒しだね。

ベックワースの議論では為替レートを経由しての影響が指摘されているけれど、それ以外の影響もあるかもしれないよね。Fedが政策目標(目標とするインフレ率や失業率)の数値化に踏み込んだ後に日銀もインメドの発表に踏み込んだけれど、そういった影響関係だね。

マネタリー・スーパーパワーというのは一種の権威だよね。模範だよね。権威たるFedがレジーム転換に打って出た場合に、それに倣って私も・・・という動きが生じる可能性もあるかもしれないよね。

「外からのレジーム転換」(Fedの行動によって強いられた(あるいは刺激された)レジーム転換)と「内からのレジーム転換」(例えば、選挙で新たな政権が誕生して日銀法改正に臨んだり)のどちらであれ、レジーム転換には変わりがないよね。

ちょっと前であれば、「内からのレジーム転換」よりは「外からのレジーム転換」のほうが実現可能性が高い気がしたんだけれど、もしかしたら近いうちに「内からのレジーム転換」が実現しちゃうかもしれないよね。

外から(のレジーム転換)であれ内から(のレジーム転換)であれ、歴史が変わる瞬間をこの目で見たいものだよね。


デフレ不況 日本銀行の大罪

デフレ不況 日本銀行の大罪